UAEで再会したふたりの名伯楽
日々是亜洲杯2019(1月11日)

フィリピン対中国に注目する3つの理由

アブダビで働いているフィリピン人のサポーター。即席の国旗を作って応援に駆けつけた
アブダビで働いているフィリピン人のサポーター。即席の国旗を作って応援に駆けつけた【宇都宮徹壱】

 アジアカップ7日目。この日は15時からドバイでパレスチナ対オーストラリア、17時30分にはアブダビでフィリピン対中国、そして20時からはアルアインでキルギス対韓国の試合が行われる。前回大会のファイナリストであり、今大会の初戦でスタートダッシュに失敗したオーストラリアと韓国の第2戦に注目が集まる中、この日はフィリピン対中国を取材することにした。この試合に関心を寄せる理由は3つ。まず、初出場のフィリピンのユニークな強化方針。次に、両チームの監督がいずれも「名伯楽」であること。そして、この試合でフィリピンが勝ち点1を手にする可能性、である。


 まず、フィリピンの強化方針について。かの国は2年前の2017年に8チームでプロリーグが発足したものの、昨年は6チームに減少し、今季は4チームになるという話もある。国内リーグでの強化が望めない中、フィリピンサッカー協会が目をつけたのが、出稼ぎ先での国際結婚で生まれた子供たち。特に欧州系の場合、フィジカルに優れて現地のサッカーでもまれた経験があれば、すぐさまフィリピン代表候補である。実際、韓国戦にスタメン出場したフィリピン代表は、11人全員が国外の血が入っており、その中にはフィリピン生まれで日本育ちの佐藤大介も含まれている。


 そのフィリピン代表を率いるのが、スベン・ゴラン・エリクソン。長年にわたりイングランド代表を率いてきたかつての名将を、よくぞフィリピンが引っ張ってきたものだと思っていたが、昨年10月の就任から今大会いっぱいまでの短期契約とのこと。いずれにせよ、フィリピン代表監督のエリクソンが、中国代表で指揮を執るマルチェロ・リッピと、ここUAEで顔を合わせるというのが2つ目の注目点だ。ちなみにエリクソンもリッピも、ともに1948年生まれの70歳。彼らが指導者として脂が乗り切っていた、90年代のセリエAを記憶する者としては、何とも感慨深いものを覚えずにはいられない。


 そんな彼らが所属するグループCは、まず韓国という図抜けた存在がいて、そしてフィリピンと同じく初出場のキルギスも同居している。中国としては、韓国に次ぐ2位抜けが現実的な目標。一方、FIFA(国際サッカー連盟)ランキングがグループで最も低いフィリピンは、キルギスをかわしての3位抜けを狙っているらしい。具体的には「韓国には最小失点で敗れて、中国に引き分け、キルギスには勝つ」というもの(現地のサッカーに詳しい同業者情報)。実際、初戦は思惑どおりの結果となった。果たしてフィリピンは、この中国戦で歴史的な勝ち点1をもぎとることができるのか。これが3つ目の注目点である。

今大会で見納め? エリクソンとリッピ

3点差に勝利を確信した中国サポーターは、スマホのライトを付けて中国国歌を歌い始めた
3点差に勝利を確信した中国サポーターは、スマホのライトを付けて中国国歌を歌い始めた【宇都宮徹壱】

 試合が始まると、韓国を苦しめたフィリピンの5バックは、この日も機能していた。ただし、守ってばかりというわけではない。フィリピンは初出場ながら(あるいはそれゆえに)、個々の選手が仕掛けていく意識が強く、体格で勝る中国に対して球際でも負けていない。奪ってからもカウンター一辺倒ではなく、状況に応じてしっかりつなぐという選択肢も持っている。だが、先制したのは中国。前半40分、右に展開したハオ・ジュンミンがペナルティーエリア前に走り込んだウー・レイにラストパス。ウー・レイは山なりのミドルシュートを放ち、ボールはゴール左上に吸い込まれていった。前半は中国の1点リードで終了。


 後半のフィリピンも、闘争心が衰えることはなかったが、やはりゴールが遠い。歴史的な大会初ゴールを決めれば、グループステージ突破の可能性が広がる勝ち点1につながる。しかし後半21分、中国が追加点。ペナルティーエリア右からのハオ・ジュンミンのFKに、またもウー・レイが今度はボレーでゴールネットを突き刺す。フィリピンのベンチは、すぐさまDFを1枚削ってFWの選手を入れるも、戦況は変わらず。中国は後半36分にも、途中出場のユー・ダーバオがファーストタッチでCKからダメ押しゴールを決めた。ファイナルスコア3−0。「中国から勝ち点1を」というフィリピンの野心は、ここについえた。


 試合後、お互いの健闘を称え合うようにハグする、エリクソンとリッピの姿が記者席のモニターに映し出される。まるで20年前のセリエAの映像を見ているかのようだ。エリクソンだけでなくリッピもまた、アジアカップが終われば中国を離れると聞く。年齢的なことを考えれば、彼らが指揮を執る姿は今大会が見納めかもしれない。試合後の会見でリッピは、2連勝でグループステージ突破が決まったことについて「今後の戦いの自信になる。次の韓国戦は、けが人の状況を見ながらメンバーを考えたい」と語っていた。その口ぶりから、「このまま1位通過」という野心が透けて見える。


 実際、20時からの裏の試合は、韓国がキルギスに1−0で勝利。この結果、得失点差で中国がグループ1位をキープした。一方のフィリピンは、グループ突破はほぼノーチャンス。自国にルーツに持つ選手たちを集めて強化するアイデアは、アジアカップ初出場という一定の成果は生んだものの、それだけで勝ち上がれるほど甘くはなかった。この中国戦で明らかになったのは、選手たちが普段戦っている国内リーグのレベル差であろう。フィリピンのサッカーがさらに実力をつけるためには、時間と労力はかかるものの国内リーグの整備が第一。今大会での経験が、その契機となることを願って止まない。

宇都宮徹壱
宇都宮徹壱

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著はスポーツナビでの連載をまとめた『J2&J3 フットボール漫遊記』(東邦出版)

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