再び王座挑戦権を手に入れた井上拓真 目指すは兄弟で「バンタム級独占」

船橋真二郎

11日に東京・後楽園ホールで行われたWBC世界バンタム級指名挑戦者決定戦に勝利した井上拓真(中央)とWBA同級王者の兄・尚弥(右)。左は父・真吾トレーナー 【写真は共同】

 9月11日、東京・後楽園ホールで行われたプロボクシングのWBC世界バンタム級指名挑戦者決定戦は、WBC世界バンタム級10位にランクされる井上拓真(大橋)がフィリピン出身で同級3位のマーク・ジョン・ヤップ(六島)に3−0の判定勝ち(117対110、116対111、114対113)。難敵相手に12ラウンドをフルに戦い抜き、自らの手で世界挑戦権を勝ち取ってみせた。

“キャリア最強の相手”と緊迫のやり取り

「やる前から自分が勝つと言われていたけど、キャリアの中で一番の強敵だったので、すごく不安でした。何とか勝てて、世界の切符を取れたので良かったです」

 試合後のリング上で振り返ったように、決して簡単な試合ではなかった。序盤4ラウンドは互角の展開。左ジャブで探り合いながら、拓真が打ち終わりにカウンターを狙えば、ヤップも返し、めまぐるしく先手と後手が入れ替わるような緊迫したやり取りが続いた。

 4ラウンド終了時の公開スコアは、39対37で拓真が1者に38対38のドローが2者の1−0。拓真は「普通に自分が勝っていると思っていたので、ちょっとビックリした」と心境を語ったが、3ラウンド辺りからヤップもボディに散らす右ストレート、左ジャブで少しずつタイミングをつかんできているように見えた。

「もっとヤップ選手が出てくると思っていたので、それに対応しようと待ち構えていた。最初のラウンドから来ることも想定していた」という拓真に対して、ヤップ陣営としては作戦通りだっただろう。枝川孝・六島ジム会長はコーナーから「リラックス!」「テクニック!」「ボクシング!」と盛んに声をかけ、アウトボクシングを指示し続けた。

 41戦29勝(14KO)12敗の傷だらけの戦績が示す通り、以前までは日本人ボクサーの“噛ませ犬”的な存在だったヤップ。ジャパニーズ・ドリームを夢見て、大阪の六島ジムに移籍した4年前から変貌を遂げた。アグレッシブにパンチを振り回す典型的なフィリピンスタイルからの脱却を図り、枝川会長がマンツーマンで基本のジャブからたたき込んだ。

 冷静なボクサースタイルと荒々しいファイタースタイル。両方の使い分けを武器に2年前にはキャリア初タイトルとなる東洋太平洋バンタム級王座を獲得し、3度の防衛を含む10連勝と見事に再生。そのうち日本人ボクサーに8勝とすっかり立場を入れ替えていた。

最後の最後に修正できる非凡さ

自信を持っていたスピードとカウンターで相手の反撃を阻止し、「不用意なパンチをもらう」という課題も終盤には修正していた 【写真は共同】

 ポイントイーブンで中盤に持ち込んで拓真の焦りを誘い、前に出させることがヤップ陣営の狙い。ある程度、うまく運んでいた矢先の5ラウンドが大きな分岐点になった。

 右を打ち込んだところに拓真が左フックを合わせると、バランスを崩したヤップがロープ際に倒れ込む。クリーンなダウンではなく、ダメージもなかったが、ここでの2ポイントロスは大きかった。続く6ラウンドも入り際を迎え打った拓真の右アッパーでよろめき、再び明白な失点。これでヤップは前に出ざるを得なくなる。

 枝川会長の指示も「ゴー! 行け!」「アグレッシブ!」とガラリと変化。終盤に入り、圧力を強めてくるヤップに拓真は右ショートカウンター、左フックを要所に合わせる。一方で「思いのほか伸びてきた」というヤップの左フックや右ストレートに顔を上げる場面も散見された。だが、ヤップも生来の野性味を前面に出し、カサにかかっては攻めきれない。

「(拓真は)スピードがあり、前に行ったら、カウンターを合わされるので行けなかった」

 ヤップを抑えたのは、拓真自身、自信を持っていたスピードとカウンターだった。それでも「不用意にパンチをもらうところ」(拓真)は真っ先に挙げた反省点。振り返ってみれば、被弾のほとんどがリーチの長いヤップに対し、アウトサイドにスウェーしたところにもらったものだったが、最後の最後に修正できるのが拓真の非凡なところだろう。

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著者プロフィール

1973年生まれ。東京都出身。『ボクシング・ビート』(フィットネススポーツ)、『ボクシング・マガジン』(ベースボールマガジン社=2022年7月休刊)など、ボクシングを取材し、執筆。文藝春秋Number第13回スポーツノンフィクション新人賞最終候補(2005年)。東日本ボクシング協会が選出する月間賞の選考委員も務める。

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