再び王座挑戦権を手に入れた井上拓真 目指すは兄弟で「バンタム級独占」

船橋真二郎

「強さをアピールする点では、まだまだ」

判定では3者が拓真に付ける圧勝となったが、求められるものが大きいだけに、まだまだ注文も多い 【写真は共同】

 8ラウンド終了時点で、スコアは78対73が2者に77対74の3−0で拓真がリード。残りの4ラウンドで倒されなければ勝利は動かない。だが、最終ラウンドも「気持ちとしては最後までKOを狙うつもりだった」と前に出た。自然、パンチの交換は増えるが、拓真はインサイドに踏み込み、ブロッキングで防ぎながら、ほぼ危なげなくカウンターを合わせる。

 ニヤリと不敵に笑いながら打ち合うが、8回終了間際にヤップの右ロングをもらった直後にノーガードになり、アゴを指して「打ってこい」と挑発したのとは意味合いが違う。気持ちも修正し、熱くならず、冷静に打ち合い、狙ったKOはならなかったものの、会場を沸かせた。

 だが、求められるものが大きいのは拓真の宿命だろう。

 兄の世界3階級制覇王者でWBA世界バンタム級王者の井上尚弥(大橋)は「結果がすべてなので、勝つボクシングに徹して、作戦通りに行けたのは良かった。ただ強さをアピールするという点では正直、まだまだ。魅せるところがもっとあれば。(カウンターだけではなく)自分から倒しに行く場面を作っていけたら、もっと幅が広がると思う」と注文をつける。

 父の井上真吾トレーナーもまた「今日にしても若干、慎重になり過ぎたかな。もっと相手を揺さぶって、ダメージを与えて、崩して、まあ、それをさせてくれなかったのもあったと思いますけど。もう少し、(パンチをもらわず)こっちがヒヤヒヤしない荒々しさも出してほしいし、そういうところで自分のペースに引きずり込んで行く、そういう場面も作ってほしい」と課題を挙げた。

王座挑戦は2試合の結果を待ってから

 一昨年に一度は世界初挑戦が決まりながら、自らの右手のケガで中止になった。遠回りし、また同じ位置まで戻ってきた。「やっと来たという思いもありますし、でも、ベテラン選手とも試合を経験できたので、逆に良かったと思います」と拓真。「この3試合に関しては、本当にいい経験ができているよな」と語りかける父と「そうだね」と拓真は笑顔で顔を見合わせた。

 拓真と真吾トレーナーが言うのは、通算4度の世界挑戦経験を持つ久高寛之(仲里)と気迫をむき出しにした打ち合いを展開した昨年8月の復帰戦、シューズが合わず、両足の裏の皮をはがすアクシデントにもめげず、元日本バンタム級王者の益田健太郎(新日本木村)を完璧にさばいた昨年12月の復帰2戦目、それから今回のヤップ戦。

 大橋秀行・大橋ジム会長によると現在は空位になっているWBC世界バンタム級王座の決定戦は来月10月、1位のノルダン・ウバーリ(フランス)と4位のルーシー・ウォーレン(米国)の間で争われ、さらに新王者には2位のペッチ・CPフレッシュマート(タイ)との指名試合が義務づけられることがWBCから通達されているという。

 指名挑戦権を得た拓真の挑戦はその次になるが、久高、益田、ヤップと合計して118戦を経験しているベテランたちと拳を合わせた32ラウンドが、必ずや生きてくるはずである。

「小っちゃい頃からの夢だった兄弟で世界チャンピオンを兄と同じバンタム級で必ずかなえます」と宣言した拓真。兄・尚弥の掲げた夢は兄弟でバンタム級4団体制覇と壮大だった。

「カッコいいじゃないですか。井上家でバンタム級を独占したら」

 尚弥は10月7日、神奈川・横浜アリーナでWBSS(ワールド・ボクシング・スーパーシリーズ)の初戦となるファン・カルロス・パヤノ(ドミニカ共和国)との準々決勝を迎える。優勝候補の筆頭に挙げられるトーナメントで優勝すれば、IBF、WBOを統一し、3団体王者となることは確実。決して夢物語ではない。

「あとタクと2人で4勝ですね」と尚弥。真吾トレーナーも「それありきで練習あるのみですね。ここまで来たら」とやる気。大きな夢の実現に向けて、井上親子はまた走り出す。

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著者プロフィール

1973年生まれ。東京都出身。『ボクシング・ビート』(フィットネススポーツ)、『ボクシング・マガジン』(ベースボールマガジン社=2022年7月休刊)など、ボクシングを取材し、執筆。文藝春秋Number第13回スポーツノンフィクション新人賞最終候補(2005年)。東日本ボクシング協会が選出する月間賞の選考委員も務める。

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