「トルメンタ」を見て高川学園を目指したエースが2得点 0-6から始まった青森山田超えの取り組み

大島和人

高川学園が前年度王者・青森山田を2‐1で下した 【写真は共同】

 NACK5スタジアム大宮の外には、2回戦の開始前から「チケット完売」の紙が張り出されていた。観客の多くは連覇を狙う青森山田を楽しみに会場へ足を運んでいたはずだ。対する高川学園も3年前の第100回全国高校サッカー選手権でベスト4に入った強豪で、今年度のプリンスリーグ中国は2位に入っている。だとしても、そちらの勝利を予想していた人は少数派だろう。

 しかし試合が始まると高川学園は球際、セカンドボールの争奪といった「バトル」で引けを取らず、前半40分をスコアレスで終える。後半にセットプレーとPKと2点を加え、最終的には2-1で逃げ切った。青森山田にとっては、10年ぶりの初戦敗退だった。

3年越しのトルメンタ

 高川学園は47分、この試合初のコーナーキックを得ると、3年前の選手権でも話題になった必殺技「トルメンタ」を繰り出した。

 まずエリア内で4人が手をつなぎ、円形のフォーメーションで左回りをして相手のマークを混乱させる。しばらく間を置いた松木汰駈斗は右のコーナースポットから意表を突く短く低いボールを入れた。柿本陽佑のシュートは左ポストに跳ね返ったが、こぼれ球を金原知生が折り返し、最後は大森風牙が頭で押し込んだ。

 江本孝監督にとっては「3年越し」の思いが詰まったプレーだった。高川学園は第100回大会の準決勝で、青森山田に0-6の完敗を喫している。

 彼らのトリックプレーは当時SNSを通じて動画が拡散され、世界的な話題になっていた。ただ準決勝はトルメンタをする場面さえないほど、一方的な展開だった。

 江本監督はこう振り返る。

「僕は(選手に)3年前の話をしていました。青森山田戦は(ゴールを狙える位置の)セットプレーを1回もさせてもらえませんでした。あのときの先輩のためにも、トルメンタを1回くらいやってくれないかな?と言ったら、やってくれましたね。まさか、その流れで点が入るとは思わなかったですけど……」

 高川学園はセットプレーの攻撃面を完全に選手へ任せている。ただ言葉にせずとも、気持ちは通じていた。

「子供たちが考えてやってくれているので、僕はベンチから『何かやって』とは言ったんですけど、その『何か』をやってくれました」(江本監督)

トルメンタを見て入学した選手が活躍

高川学園の先制点は「トルメンタ」から生まれた 【スポーツナビ】

 73分のPKも含めて2点を決めた大森は、トルメンタの効果と狙いをこう説明する。

「まず相手のマークが自分たちに付きづらいです。トルメンタが警戒される分、他の部分が空いてくることも感じます。今の代は身長が小さいので、ショートコーナーから崩す形は(練習で)やっていました」

 守備側はマークする相手が動き回るので、キックが入る直前まで誰に付くかを確定させられない。青森山田のDFは目の前を見すぎた結果、ショートコーナーへの対応が遅れた。さらにファーサイドに流れたボール、ゴール前と少しずつ対応がズレた。トルメンタに対して神経を使いすぎると、守備はその後の対応が鈍る。それがこのプレーの怖さだ。

 チームの認知度向上という副次効果もある。大森は石川県のパテオFC出身。同チームの木村龍朗監督と江本監督には小学校の同級生という縁があり、中学2年生だった大森は3年前の第100回大会を観戦していた。

 大森はこう言い切る。

「現地にいて、トルメンタを見て、ここに入りたいと思いました」

 江本監督はこう口にする。

「色々なメディアさんが取り上げてもらったおかげで、選手たちが高川学園を知ってくれました。高校年代だけでなく、小中学校年代でも『自分たち発信でアクションを起こせる』ことが伝わって、そういうプレーがもっと出てくると面白いかもしれないですね」

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著者プロフィール

1976年に神奈川県で出生し、育ちは埼玉。現在は東京都北区に在住する。早稲田大在学中にテレビ局のリサーチャーとしてスポーツ報道の現場に足を踏み入れ、世界中のスポーツと接する機会を得た。卒業後は損害保険会社、調査会社などの勤務を経て、2010年からライター活動を開始。取材対象はバスケットボールやサッカー、野球、ラグビー、ハンドボールと幅広い。2021年1月『B.LEAGUE誕生 日本スポーツビジネス秘史』を上梓。

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