井上尚弥、衝撃KOで3階級制覇 バンタム級最強決定戦へ宣戦布告

平野貴也

井上の強さしか見られなかった試合に

衝撃の1回TKO勝利で、3階級制覇を達成した井上尚弥 【写真:中西祐介/アフロスポーツ】

 衝撃的な1ラウンドKOは、世界のスーパー王者に対する宣戦布告となった。

 プロボクシングのWBA世界バンタム級王座戦が東京・大田区総合体育館で行われ、挑戦者の井上尚弥(大橋)が1ラウンド1分52秒TKOで王者ジェイミー・マクドネル(英国)を破り、日本人選手歴代最短となる16戦目で3階級制覇を達成した。先に前進した王者の攻撃をわずか30秒足らずで相手の力を見切ったという井上は、鋭いステップインからスイング気味の左フックを当ててマクドネルを後退させると、距離を詰めて左フックでダウンを奪った。

「相手にスピードはないと思っていたけど、ジャブをもらってみて、たいしたことはないと感じた。ジャブに怖さがなかった。戻しのスピードも遅い。普通の左フックは当たらないと思っていたので、ロシアンフックみたいな、遠い距離の軌道のパンチ。あれが当たった辺りで、行けば倒せそうだと思った」と振り返った。最初のダウンまでは、1ラウンドの半分ほどの時間。立ち上がったマクドネルにラッシュを仕掛けると、打ち返した王者が右を一発当てたが、井上の圧力が上回った。圧力に押し切られてグロッキーに陥ったマクドネルは崩れ落ち、試合が終わった。

 井上が優位と見られていた試合ではあるが、相手は6度目の防衛を狙う王者。弱いわけがない。それでも、格が違うと言わんばかりのKO劇だった。ほんのわずか、動きが硬くなって被弾したが、自覚済みで修正は可能。相手とはスピードの違うフットワーク、シャープなワンツー、やや変則な軌道のハードパンチ、回転力のある連打といった武器を自在に操る井上の強さしか、見る者の目には映らなかった。

対戦してみたい相手は“11秒KO男”テテ

強烈なラッシュでマクドネル(右)を追い詰めた井上。次なる戦いはバンタム級最強トーナメントだ 【赤坂直人/スポーツナビ】

 プロデビュー以来「モンスター」の異名をとる井上は、勝利後のリング上インタビューで「怪物ぶりは十分にアピールできたかなと思う」と言うと、WBSS(ワールド・ボクシング・スーパー・シリーズ)バンタム級最強決定トーナメントに出場することを大田区総合体育館に集った約4000人の観衆に向かって宣言。「優勝できるように頑張ります」と抱負を語った。

 WBSSは、昨秋に始まった各団体のトップ選手8人で行う賞金争奪戦で世界的な興行だ。シーズン1は、クルーザー級、スーパーミドル級で開催。そして、シーズン2として今秋からバンタム級トーナメントの開催が発表されている。すでにWBAスーパー王者のライアン・バーネット(英国)、WBO王者ゾラニ・テテ(南アフリカ)、IBF王者のエマヌエル・ロドリゲス(プエルトリコ)らバンタム級の各団体王者の出場が発表されている。大橋秀行会長が「6月にプロモーターが来るので話をする。まだ公表されていない選手も出てくる」と語ったように、出場選手の陣容、トーナメントの組み合わせが決まれば、一層盛り上がることは間違いない。井上は対戦してみたい相手として、昨年に世界戦最速の初回11秒KO勝利を挙げたテテの名前を挙げた。

自分自身でも未知なバンタム級での実力

「今日の試合では、自信はつかない」と話す井上。自身でもバンタム級での実力は底が見えない 【赤坂直人/スポーツナビ】

 井上は、これまで1階級下のスーパーフライ級でWBO王座を7度防衛。昨年9月に行った6度目の防衛戦ではボクシングの本場である米国デビューも飾り、国際的な評価を上げて来た。バンタム級転向初戦となったマクドネル戦は、日本だけでなく米国、英国でも生中継されたが、“モンスター”の異名に違わぬ強さを見せつけることに成功した。転向初戦、キャリアのある相手、13センチ以上の身長差と警戒すべき点のある試合だったが、どれも井上の障壁にはならなかった。

 前日の計量時から大幅に体重を戻して臨んでいたマクドネルは、減量苦の影響を示唆して階級を上げることを明言したが「本当に強かった。パウンド・フォー・パウンド(全階級を通じた評価)で上位である強さが見えた。地球上で一番強い相手と試合ができたと思う。今日は、早いスタートを予測していたが、捉えられてしまった。最初の数ラウンドは様子を見て彼のトルネードをやり過ごそうと思っていた」と、井上の強さは素直に認めていた。

 そもそも、王者が挑戦者に挑むような試合だった。16勝14KO無敗としたレコードの中で3階級制覇を成し遂げた井上は、強敵を序盤で倒す問答無用の勝ちっぷりで評価を上げて来た。試合前から井上のWBSS参戦が報じられており、王者として試合を迎えたマクドネルが「彼のポジションを自分の物にしたいと思っていた。自分も彼に勝ってトーナメントに出たかった」と話したことからも、井上が世界でどれだけ高く評価されているかが伺い知れた。

 ボクシング界には、団体の乱立や、団体内におけるスーパー王者や暫定王者の存在により、同じ階級に世界王者が複数いる。WBSSの誕生も、誰が最強なのか分かりにくい状況が背景としてある。だが、井上はもはや、どのベルトを持っているかが問題ではないほどに強さを認められる存在となっている。

 これから円熟期を迎える25歳で、楽しみは大きい。次の試合が決まっている状況でプレッシャーを感じていたという井上は「圧倒的、一方的な内容で勝てたことは満足している」と喜んだが、一方で「(階級を上げて)パワーは、すごく感じた。エネルギーが満ち溢れているというか。ただ、今日の試合では、自信はつかない。自分のまだ見えていない実力を引き出せる試合になるかと思っていたけど、何も分からないまま終わってしまった。中盤までいって、バンタム級の体力とか体重の適正とかを確認できてからトーナメントに行くなら自信を持って行けるけど、ここからトーナメントとなると未知」と話した。

 次戦に向けた不安材料の指摘に捉えられるが、試合で出し切れなかった潜在能力を発揮する日を待ちわびる声にも聞こえる。バンタム級最強決定戦に強烈な宣戦布告を行った井上は、戦績やベルトでは計り知れない規模のボクサーに飛躍しようとしている。
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著者プロフィール

1979年生まれ。東京都出身。専修大学卒業後、スポーツ総合サイト「スポーツナビ」の編集記者を経て2008年からフリーライターとなる。主に育成年代のサッカーを取材。2009年からJリーグの大宮アルディージャでオフィシャルライターを務めている。

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