松岡修造から、全米に臨む錦織へのエール 優勝の大チャンス“自分破り”で道を拓け

内田暁
 今季最後のテニス四大大会・全米オープンが、8月27日(現地時間、以下同)にニューヨークで開幕する。4年前に準優勝した思い出の地で悲願の優勝を目指す錦織圭や、テニス界の新星として注目を集める大坂なおみ(ともに日清食品)ら日本勢躍進の可能性を、大会を中継するWOWOWの解説者、松岡修造氏に伺った。

気迫が戻った錦織「全米で優勝できる大チャンス」

8月27日開幕の全米オープンに臨む錦織圭。松岡修造さんが感じる、錦織に乗り越えてほしいポイントとは 【写真:アフロ】

 錦織圭のハードコートシーズンは、米国の首都、ワシントンDC開催のシティオープン(7月30日〜8月5日)で幕を開けた。その戦いを見た松岡氏が抱いた印象とは?

「ワシントンの錦織選手は、ここ最近で一番良かったです。気持ちが戻ってきていましたね。テニスが好きな頃の錦織圭……なんとしても勝ちたいという錦織圭が戻りつつあります。初戦(2回戦)の地元選手ドナルド・ヤング戦では、試合開始が遅く雨の中断もあるやりにくい中で、彼は一球一球ガッツポーズをしていました。あれは、これまでの彼には見られなかった姿。全米オープンを絶対に取るという決意表明だと僕は感じました。
 錦織選手は昨年けがをしたことで、テニスをやれる幸せを感じたと思います。あとは変な意味でのモヤモヤ感……テニスは悪くないけれど、どこか集中できない感覚を振り切れたのでしょう。
 ただテニスそのものの状態は、彼のできる技術からすれば、まだ6〜7割の仕上がり。ライン際を狙ったボールが、ライン際ではなくコートのかなり内側に入ってしまう場面が目立ちました。でもこれは全米オープンまでに、必ずライン際に決まるようになります。けがなくこの集中力で全米まで行けば必ずそうなってくるし、そうなれば、今回の全米で優勝できる大チャンスだと思います」

 松岡氏は、先のウィンブルドンでも錦織に、優勝のチャンスは十二分にあったと見る。そのウィンブルドン準々決勝で錦織の前に立ちはだかったのは、試合前の時点で13連敗中だったノバク・ジョコビッチ(セルビア)。この最大の壁を、そしていまだにグランドスラムで圧倒的な支配力を発揮するロジャー・フェデラー(スイス)やラファエル・ナダル(スペイン)らを打ち破るには、錦織には何が必要だと見ているのだろうか?

「ジョコビッチにあって錦織圭にないのは、『勝つことに対する執着心』だと思います。その背景には、僕もジョコビッチの取材をして感じたことなのですが、幼少期の戦争体験がある。生き残るためにはなんでもやるという気持ちがジョコビッチにはありましたが、さすがにそれと同じものを錦織選手に求めることはできません。
 それなら錦織選手には何があるかと言えば、一つは、負けず嫌いであること。そして彼はゲームメーカー……創造力の選手です。テレビゲームも大好きですし、指で操作するゲーム画面の中の動きを、自分の体を使って体現することができる。だから彼が集中している時はいろいろなことをやるし、それが僕は欲しいんです。今は、勝ちたいという気持ちが強すぎる時に、ミスを減らしたいと思うのでプレーが単調になる。でも昔の錦織選手は、大切な時ほどいろいろなショットを繰り出しました。そういう斬新なテニスが戻ったら面白い。大事なポイントほど錦織圭らしいプレーが出たら、大きく変わってくるのではと思います。

シティオープンでの錦織の戦いぶりを、「ここ最近で一番良かったです」と語る松岡さん 【スポーツナビ】

 今回の全米オープンで誰が優勝するかは分かりませんが、ただジョコビッチの心が完全に戻った。これがトップ選手の一番すごいところです。心底から勝ちたいと思ったら、彼らは王者としてのポイントの取り方を知っている。それはまだ、錦織選手は知らないことです。今の彼は、チャンスの時には守る。攻撃にいけない。本来の彼は自分から攻めるテニスだし、それをして欲しいけれども、グランドスラムで勝つまではなかなかできない。そこは自分との戦いでしょうね」

 過去10年以上にわたりテニス界を支配しているフェデラー、ナダル、ジョコビッチ、アンディ・マリー(イギリス)らの、いわゆる“ビッグ4”とそれ以外の選手の大きな差は、対戦相手が彼らに抱く意識にあると松岡氏は指摘する。圧倒的な実績が裏打ちする“名前”が持つ力とは、外野が想像する以上に大きいようだ。

「トップ選手と対戦する時、相手の名前や雰囲気で自分にプレッシャーが掛かると、それだけで相手の20点リードから始まる感じがあるんです。
 錦織選手がけがから戻ってきたばかりの時は、相手も『錦織はけがをしているので自分にもチャンスがある』と思っていたと思います。それが今は、みんな圭のテニスの良さを感じているので、錦織がプラス20点かのような立場でスタートできる。ただ相手は『錦織はどこかで崩れる、粘ればチャンスがある』とも思っているだろうし、コーチもそうアドバイスすると思います。すると精神的に有利だったはずが、どこかでまたイーブンに戻ってしまうんです。
 これは癖なんです。心の癖……みんなが持っているものです。この癖は中途半端なことでは治らない。でも治った時には良い癖がついて、勝ち続けることができる。その方向性を、僕は錦織選手にすごく期待しています。
 錦織選手が強靭(きょうじん)なメンタルを持てば、グランドスラムで優勝できる力があることは、多くの人が分かっている。ただどこかで周囲の選手も、『やっぱり真のトップ選手に比べたらメンタルが弱いから』と思っていると思います。それが悔しい。例えばこれから身長を伸ばすのは無理ですが、心は変えることはできるし、彼にもそう言い続けてきた。圭がこのままテニスを辞めたとしても、誰も責めることはできませんが、彼は絶対に後悔するでしょう。そうなって欲しくはない。勝てるかどうかはまた別ですが、誰が見ても力を出し切ったと感じられる姿を、全米オープンで見たいなと思います」

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著者プロフィール

テニス雑誌『スマッシュ』などのメディアに執筆するフリーライター。2006年頃からグランドスラム等の主要大会の取材を始め、08年デルレイビーチ国際選手権での錦織圭ツアー初優勝にも立ち合う。近著に、錦織圭の幼少期からの足跡を綴ったノンフィクション『錦織圭 リターンゲーム』(学研プラス)や、アスリートの肉体及び精神の動きを神経科学(脳科学)の知見から解説する『勝てる脳、負ける脳 一流アスリートの脳内で起きていること』(集英社)がある。京都在住。

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