鮮やかKO勝利…39歳パッキャオが戦う理由 次なるファイトに潜むリスクを覚悟せよ

杉浦大介

ワンサイドゲームで9年ぶりのKO勝利

マニー・パッキャオが、約1年ぶりの復帰戦でKO勝ち。英雄の劇的勝利に会場は大いに沸き立った 【Getty Images】

 実に9年ぶりのKO劇――。7月15日に行われたルーカス・マティセ(アルゼンチン)対マニー・パッキャオ(フィリピン)のWBA世界ウェルター級タイトル戦に事前は興味は持てなくても、英雄の久々のノックアウト勝利に思わず胸を熱くしたボクシングファンは多かったのではないか。

 昨年7月にジェフ・ホーン(オーストラリア)に判定負けを喫したパッキャオにとって、マレーシアで迎えた約1年ぶりの復帰戦。こちらも35歳とピークをとうに過ぎたマティセ相手でも、接戦を予想する声は少なくなかった。

 スピードとスキルに秀でたパッキャオが有利でも、今年1月にワンパンチKOでWBA王座を奪ったマティセのパワーは健在。いつしか39歳になった6階級制覇王者には一瞬も気の抜けない一戦になるかと思えた。ところが、開始のゴングが鳴ると、ベテランファイター同士の対戦は少々意外なほどのパッキャオのワンサイドゲームになった。

「ベストを尽くして戦ったよ。マティセはタフな相手だと考えていたから、(KOできて)驚いている。試合を見に来てくれたフィリピン国民にこの勝利をささげたい。初回で彼は私のパワーに対抗できないと感じた」

 パッキャオが試合後のリングでそう振り返った通り、開始直後からクイックネスとパワーで上回るフィリピンの雄があっさりと主導権を握る。2回は右フックが効果的にヒットすると、3回には左アッパーでマティセは脆くもダウン。この日はフットワークが軽かったパッキャオは5回にも右ショートフックで2度目のダウンを奪うと、決着はもはや時間の問題に思えた。

 フィニッシュは7回に訪れる。カウンターを怖がって得意の右が出せないマティセに左アッパーを見舞うと、3度目のダウン。レフェリーのケニー・ベイレスはここでついに試合をストップし、パッキャオのTKO勝ちが宣せられた。

 パッキャオがまだ真のデストロイヤーだった2009年11月、ミゲール・コット(プエルトリコ)戦以来のストップ勝ち。9年間とは、新陳代謝の早い現代のスポーツ界では永遠に感じられるほどの長い時間である。パッキャオが久々に最終ゴングを待たずしてリング上でもみくちゃにされるシーンは、見ていてほとんどシュールに感じられるほどだった。

依然としてハイレベルなボクサー

ルーカス・マティセ(左)を攻め込むパッキャオ。依然としてハイレベルであることを証明した 【写真:ロイター/アフロ】

「パッキャオの“Bゲーム”は大半の選手の“Aゲーム”より上質なんだ」

 米国で今戦を生配信したESPN+で解説を務めたティモシー・ブラッドリー(米国)は、元ライバルの健在ぶりにエキサイトしたような口調でそう述べていた。実際にこの日のパッキャオのパンチはシャープで、カウンターも有効だった。敵地、事前の対戦相手変更、体格差などの不利な条件が重なった去年のホーン戦では精彩がなかったが、気持ちを入れてコンディションを作ってきたときのパッキャオは依然としてハイレベルのボクサーなのだろう。

「若い頃ほどハードなトレーニングではなくとも、チームと良い準備ができた。陣営のみんなに感謝しているよ」(パッキャオ)

 過去16年、34戦に渡ってコンビを組んできたトレーナーのフレディ・ローチ抜きでの試合で心配されたが、そんな新体制も今回は奏功したのかもしれない。この時期の鮮やかなKO勝利は、ヒーローを信じ続けたファンへの贈り物。引退後の殿堂入りもすでに確実な英雄の記念すべき60勝目(39KO、7敗2分)は、キャリア晩年のハイライトとして記憶されていくに違いない。

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著者プロフィール

東京都生まれ。日本で大学卒業と同時に渡米し、ニューヨークでフリーライターに。現在はボクシング、MLB、NBA、NFLなどを題材に執筆活動中。『スラッガー』『ダンクシュート』『アメリカンフットボール・マガジン』『ボクシングマガジン』『日本経済新聞・電子版』など、雑誌やホームページに寄稿している。2014年10月20日に「日本人投手黄金時代 メジャーリーグにおける真の評価」(KKベストセラーズ)を上梓。Twitterは(http://twitter.com/daisukesugiura)

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