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「強小十年」を支える鳥取の創意工夫
J2・J3漫遊記 ガイナーレ鳥取<後編>

「ジョホールバルの岡野」から「ガイナーレの岡野GM」へ

「野人と漁師のツートッププロジェクト」でフェルナンジーニョを獲得した岡野雅行GM
「野人と漁師のツートッププロジェクト」でフェルナンジーニョを獲得した岡野雅行GM【宇都宮徹壱】

 自信、オープンマインド、全力、フェア、敬意、感謝、向上心、切磋琢磨(せっさたくま)、創意工夫、そして挑戦──。ガイナーレ鳥取の「10SPIRITS」のうち、他のクラブの追随を許さないのが、9番目の「創意工夫」である。最近、話題になった「野人と漁師のツートッププロジェクト」は、その典型例と言えよう。


 きっかけは、野人こと岡野雅行GMが境港の企業にスポンサー営業をしていた時に耳にした、「お金はないけれどうまい魚ならいっぱいあるよ」という言葉であった。境港市は日本海屈指の良港として有名で、松葉ガニや本マグロなどの水揚げ量は日本一。そこで岡野は「選手獲得資金の募金をしてくれたお礼に、境港の海産物を贈るのはどうだろう」と思い立つ。結果、獲得できたのがフェルナンジーニョであった。


「やっぱりフェルナンジーニョ獲得のインパクトがすごかったですね。この間、東京で電車に乗っていたら、知らない人から『魚、買いましたよ』って、ぼそっとささやかれたんですよ(笑)。あと、『ガイナーレ、早く上がってきて』と言われたこともありました。ちょっと前だったら、『ジョホールバルの岡野』って認識されることが多かったんですけど、最近は『ガイナーレの岡野GM』ですよね。それがうれしくって」


 41歳で現役を引退した13年にGMに就任。4年後には代表取締役GMとなった。しかし当人いわく「GMなんてまったく考えていませんでしたよ。引退した時は、(自宅がある)東京に帰ることを考えていたくらいですから」。営業経験もなければ、PCのタイピングも満足にできなかった岡野をGMに抜てきしたのは、社長の塚野真樹。理由を尋ねると、「やっぱり(14年に)J3に降格したのが大きかったですね」という切実な答えが返ってきた。


「できたばかりのリーグに降格して、売上は3割減。しかもクラブライセンス制度が導入されました。3つの環境変化が重なって、ウチは本当に持つのだろうか? そこで岡野にGMに残ってもらうことをまず考えました。現役時代の経験もさることながら、彼のバイタリティーは周囲にポジティブな影響を与えてくれるんですよ。ただ元気なだけでなく、根が素直なので成長が速い。見よう見まねで始めた営業も板についてきたし、しゃべりもうまくなった。最近では1時間くらいの講演も、年間30本できるようになりましたね」

チュスタでのノウハウの蓄積から生まれた『Shibafull』

鳥取が取り入れている自動芝刈り機。芝生管理の人件費抑制に大きく貢献している
鳥取が取り入れている自動芝刈り機。芝生管理の人件費抑制に大きく貢献している【宇都宮徹壱】

 そんな岡野のニックネームを冠した、チュウブYAJINスタジアム(チュスタ)を再び訪れた。この日はトップチームのトレーニングは休み。ピッチ上では自動芝刈り機が「ウォンウォン」と音を立てながら、まるでルンバのようにけなげに仕事をしていた。業務用ではないので、大きさは座布団ほどだが、一晩もあればフルコート分の芝生を刈り込んでくれるのだそうだ。つくづく便利な時代になったものだと感心する。


 JR米子駅から車で20分以内の距離にある、2012年に完成した7390人収容の球技専用スタジアム。ここチュスタもまた、鳥取の「創意工夫」の結晶である。その建設費は、わずか4億円。当地にあったゴルフ場施設を流用して、柔らかい土壌を掘り込む形で建設費を抑制した。またピッチの管理についても、スタッフを業者に半年間派遣させてノウハウを学ぶことで、本来は3000万円かかる管理費を6分の1の500万円に圧縮。こうした経験を経て、社長の塚野は芝生を売るビジネス『Shibafull(しばふる)』を思い立つ。


「米子市がある弓ヶ浜半島は、土壌は砂地で地下には豊富に地下水が流れています。芝生生産に最適な条件が、ほぼパーフェクトにそろっているんです。ところが地元の人たちは、ここが西洋芝の生産に適していることをご存じない方が多い。しかも高齢化が原因で、農地だった土地も、どんどんあまり始めている。だったら耕作放棄地をうまく利用すれば、そこで芝生が作れるんじゃないかと考えたんです」(塚野)


 Jクラブの経営は、広告料収入、入場料収入、物販収入の3本柱によって支えられている。しかし最も人口が少ない鳥取県では、スポンサーの数にもおのずと限りがある。クラブが生き残っていくには、サッカー以外の収入を考えなければならない。ならば、これまで蓄積してきた芝生管理のノウハウを生かして、新たな収入の柱にすることはできないか──。そんな塚野のアイデアを、実行に移すミッションを託されたのが高島祐亮。Jリーグから出向してきたばかりの経営企画本部長は、「ほとんど無茶ぶりでしたね」と笑う。


「あれは最後に面談をした時でした。塚野から『芝生のビジネスをやろうと思っているんだよ』と言われて、面白そうですねと言ったら『じゃあ、やってみて』と(笑)。もちろん僕は、芝生の専門家でも何でもない。ただ、ビジネスとして拡張性と継続性があって、それがクラブのためになるんだったら、という思いはありました。それに塚野は、地域のことをものすごく考えていて、そこの部分では共感しましたね」

宇都宮徹壱

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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