「強小十年」を支える鳥取の創意工夫 J2・J3漫遊記 ガイナーレ鳥取<後編>
IT系スタートアップはなぜ鳥取を目指したのか?
『Shibafull』について解説する高島祐亮経営企画本部長。スタートアップから転身した 【宇都宮徹壱】
「ベンチャーの仕事のキリがよければ、チャレンジしてみようかなというのが、もともとあったんです。このままIT業界にいても、あまり社内にライバルがいるように感じなかったし(苦笑)。むしろ、スポーツの世界で自分の実力を試したいというのはありましたし、どれだけ自分の価値を提示できるのか知りたかった。ですから最初は『Jリーグで仕事がしたい』というよりも、むしろチャレンジしたいという感じでしたね」
JHCのカリキュラムを終えた高島は、1年かけて自身の仕事に区切りをつけ、それからJリーグに転職。すぐに鳥取への出向となった。鳥取との橋渡しをしたのは、Jリーグの事務局。「クラブで活躍しないと意味がないので、要望があれば声をかけてください」ということで、東京で塚野は高島と面談する。お互いの第一印象は、「経営者っぽくないけれど芯がある」(高島)、「もっとイケイケかと思ったら、とても落ち着いていた」(塚野)。オファーを決めた理由について、「経営者っぽくない」クラブ社長はこう続ける。
「ウチは人数が少ないので、まずは事業の数値化や働き方に無駄がないか分かること。一方で(クラブの)認知度は高いので、戦略的な広報ができることが条件でした。最初に会ったのが15年で、本当に来てくれたのが17年の7月。ただ、その間に『野人と漁師のツートッププロジェクト』では、SNSでの展開でアドバイスをもらっていたんです。ネット周りに強いだけでなく、こっちに来てからもスタッフへのヒアリングを続けながら、組織の問題点を明らかにしてくれました。『こういう仕事の進め方なんだ』と感心しましたね」
鳥取に着任した高島が、まず取り組んだのは目標の明確化。今の仕事は何のためにやっているのか、それを達成することで何歩前進できたのか、常にスタッフに意識させた。目標が明確になれば、予算の組み方もより具体的なものとなっていく。集客の目標設定からクラブの理念に至るまで、それまで散らかっていたものを整理することで、スタッフの責任感やモチベーションも格段に上がった。とはいえ、高島の本領発揮は、むしろこれから。「僕がここに来た理由は、収益をいかに改善するか。そのひとつが集客であり、効率的な情報発信であり、Shibafullだと思っています」とは本人の弁である。
「強小十年」を迎え、新たなフェーズに入った鳥取
米子でのシンポジウムに出席した村井満Jリーグチェアマン。サンプルの芝生を裸足で体感 【宇都宮徹壱】
「芝生の管理というものは、毎日刈らないといけないとか、ふんだんに淡水をまかないといけないとか、確かに難易度が高い。でもガイナーレがやっているように、自動芝刈り機を使って管理や手間のコストを抑えられれば、一気にハードルが下がるんですよね。日本は日本のやり方で、芝生の環境を広げていくことは十分に可能だと思いました」
鳥取がスタートさせたShibafullという試みは、まだ始まったばかり。それでも高島は「僕の試算では、おそらく2桁億(円)までは伸びる事業だと思っています。まずは(クラブ収益の)4本目の柱として成長させようとしていますが、将来的には別会社にしてもいいと思っています」と、いかにもスタートアップらしいビジョンを語る。「強小十年」を迎えた鳥取は、いよいよ新たなフェーズに入っていったようだ。そんな感想を塚野に伝えると、照れ笑いを含んだ答えが返ってきた。
「よく10年存続したよね、というのが正直な気持ちです。10年続く会社って、数パーセントくらいしかないと言うじゃないですか。ここまで続けられたのは、おそらく(クラブに)何かしらの価値があったからだと思います。小さいからダメじゃなくて、小さくてもやれることはあると思います」
その「何かしらの価値」が何だったのか、ここまで読み進めれば自明であろう。最後は村井チェアマンのコメントで、本稿を締めくくることにしたい。
「境港でとれた魚を売ってフェルナンジーニョを獲得するとか、ネギ畑を再利用して芝生を育てるとか。そういった鳥取らしいアイデアというのは、クラブに閉じこもっていたら生まれなかったと思うんです。居酒屋なんかで交わされる会話がきっかけで、『じゃあ、クラブとしてこうしよう』という話に発展していく。そうやって地域の課題を一緒になって考えていくのが、本当の意味での『地域に根ざしたクラブ』だと思いますね」
<この稿、了。文中敬称略>