「強小十年」を支える鳥取の創意工夫 J2・J3漫遊記 ガイナーレ鳥取<後編>

宇都宮徹壱

IT系スタートアップはなぜ鳥取を目指したのか?

『Shibafull』について解説する高島祐亮経営企画本部長。スタートアップから転身した 【宇都宮徹壱】

 実は高島は、2つのベンチャー企業で50以上のスタートアップに関わり、2社とも上場に大きく貢献するという華々しい経歴の持ち主であった。IT系スタートアップとして東京でバリバリ稼いでいた人間が、なぜ人口最小県の鳥取にあるJ3クラブで働いているのか? きっかけは、Jリーグの村井満チェアマンの肝いりで15年にスタートしたJHC(Jリーグヒューマンキャピタル。現スポーツヒューマンキャピタル)で1期生として学んだことであった。

「ベンチャーの仕事のキリがよければ、チャレンジしてみようかなというのが、もともとあったんです。このままIT業界にいても、あまり社内にライバルがいるように感じなかったし(苦笑)。むしろ、スポーツの世界で自分の実力を試したいというのはありましたし、どれだけ自分の価値を提示できるのか知りたかった。ですから最初は『Jリーグで仕事がしたい』というよりも、むしろチャレンジしたいという感じでしたね」

 JHCのカリキュラムを終えた高島は、1年かけて自身の仕事に区切りをつけ、それからJリーグに転職。すぐに鳥取への出向となった。鳥取との橋渡しをしたのは、Jリーグの事務局。「クラブで活躍しないと意味がないので、要望があれば声をかけてください」ということで、東京で塚野は高島と面談する。お互いの第一印象は、「経営者っぽくないけれど芯がある」(高島)、「もっとイケイケかと思ったら、とても落ち着いていた」(塚野)。オファーを決めた理由について、「経営者っぽくない」クラブ社長はこう続ける。

「ウチは人数が少ないので、まずは事業の数値化や働き方に無駄がないか分かること。一方で(クラブの)認知度は高いので、戦略的な広報ができることが条件でした。最初に会ったのが15年で、本当に来てくれたのが17年の7月。ただ、その間に『野人と漁師のツートッププロジェクト』では、SNSでの展開でアドバイスをもらっていたんです。ネット周りに強いだけでなく、こっちに来てからもスタッフへのヒアリングを続けながら、組織の問題点を明らかにしてくれました。『こういう仕事の進め方なんだ』と感心しましたね」

 鳥取に着任した高島が、まず取り組んだのは目標の明確化。今の仕事は何のためにやっているのか、それを達成することで何歩前進できたのか、常にスタッフに意識させた。目標が明確になれば、予算の組み方もより具体的なものとなっていく。集客の目標設定からクラブの理念に至るまで、それまで散らかっていたものを整理することで、スタッフの責任感やモチベーションも格段に上がった。とはいえ、高島の本領発揮は、むしろこれから。「僕がここに来た理由は、収益をいかに改善するか。そのひとつが集客であり、効率的な情報発信であり、Shibafullだと思っています」とは本人の弁である。

「強小十年」を迎え、新たなフェーズに入った鳥取

米子でのシンポジウムに出席した村井満Jリーグチェアマン。サンプルの芝生を裸足で体感 【宇都宮徹壱】

 取材の最終日となった4月18日、米子市内で『みんなでみらいを考えよう! 耕作放棄地再生への挑戦』と題したシンポジウムが開催された。当日は米子市長の伊木隆司、そして村井チェアマンもパネリストとして参加。シンポジウムの中では、クラブを代表して塚野がShibafullの事例発表を行い、会場に詰め掛けた観客の注目を集めていた。シンポジウム終了後、村井に感想を求めると「クラブと行政がアイデアを出し合いながら、一緒に地域をよくしていこう、という座組が素晴らしいですね」と語り、さらにこう続けた。

「芝生の管理というものは、毎日刈らないといけないとか、ふんだんに淡水をまかないといけないとか、確かに難易度が高い。でもガイナーレがやっているように、自動芝刈り機を使って管理や手間のコストを抑えられれば、一気にハードルが下がるんですよね。日本は日本のやり方で、芝生の環境を広げていくことは十分に可能だと思いました」

 鳥取がスタートさせたShibafullという試みは、まだ始まったばかり。それでも高島は「僕の試算では、おそらく2桁億(円)までは伸びる事業だと思っています。まずは(クラブ収益の)4本目の柱として成長させようとしていますが、将来的には別会社にしてもいいと思っています」と、いかにもスタートアップらしいビジョンを語る。「強小十年」を迎えた鳥取は、いよいよ新たなフェーズに入っていったようだ。そんな感想を塚野に伝えると、照れ笑いを含んだ答えが返ってきた。

「よく10年存続したよね、というのが正直な気持ちです。10年続く会社って、数パーセントくらいしかないと言うじゃないですか。ここまで続けられたのは、おそらく(クラブに)何かしらの価値があったからだと思います。小さいからダメじゃなくて、小さくてもやれることはあると思います」

 その「何かしらの価値」が何だったのか、ここまで読み進めれば自明であろう。最後は村井チェアマンのコメントで、本稿を締めくくることにしたい。

「境港でとれた魚を売ってフェルナンジーニョを獲得するとか、ネギ畑を再利用して芝生を育てるとか。そういった鳥取らしいアイデアというのは、クラブに閉じこもっていたら生まれなかったと思うんです。居酒屋なんかで交わされる会話がきっかけで、『じゃあ、クラブとしてこうしよう』という話に発展していく。そうやって地域の課題を一緒になって考えていくのが、本当の意味での『地域に根ざしたクラブ』だと思いますね」

<この稿、了。文中敬称略>

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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