順風満帆から一転…試練の1年に エース宮原知子、問われる“芯の強さ”

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 来年2月の平昌五輪に向けたシーズンが、いよいよ始まる。今季もこれまで以上に過酷で、ハイレベルな争いが展開されるだろう。前回のソチ五輪から3年半。出場権を狙う選手たちはどのような道を歩んできたのか。連載の最終回は宮原知子(関西大)の過去3シーズンを振り返る。

初出場の世界選手権で銀メダルを獲得

初出場の世界選手権で銀メダルを獲得。14−15シーズン、宮原はトップスケーターの仲間入りを果たした 【写真:中西祐介/アフロスポーツ】

「練習の虫」「真面目で努力家」。宮原知子はよくそんなふうに評される。「練習でできていないと本番でできるという自信がつかないので」と言い、「練習がしたくないと感じるときはあまりないです」と控えめに笑う。

 4年前のソチ五輪シーズン(2013−14シーズン)に15歳でシニアデビュー。150センチにも満たない小柄(当時)で物静かな少女は、その体格に似合わぬ堂々とした演技で、鮮烈な印象を残した。五輪の選考会を兼ねた13年末の全日本選手権ではショート、フリー共にノーミスの演技を披露し4位に入る。あと一歩のところで出場権は逃したものの、その存在を大いにアピールした。

 浅田真央が休養、鈴木明子が引退した14−15シーズン、宮原は積み重ねてきた努力の成果を発揮し、世界トップクラスのスケーターへと成長する。14年末の全日本選手権では、ショート2位から逆転で初優勝。「自分もこれくらいできるんだという自信になったし、もっと思い切っていこうと上を見ています」と語り、さらなる飛躍を誓った。

 全日本選手権で得た自信は、世界の舞台でも揺るがなかった。村上佳菜子以外の2人(宮原と本郷理華/邦和スポーツランド)は初出場とあって、日本勢の厳しい結果も予想された15年3月の世界選手権。宮原はショートで自己ベストを更新する67.02点で3位につけると、フリーでも126.58点をマークし、総合では自己最高得点となる193.60点で銀メダルに輝いた。

プログラムにも反映された変化

自信が増すにつれ、変化も表れた。感情を表に出すようになり、それはプログラムにも反映された 【写真:田村翔/アフロスポーツ】

 自信は選手の成長を促す。表現力に課題のあった宮原だが、このころから徐々に自身の感情を表に出すようになった。15年の国別対抗戦では味方を応援するために被り物をつけたり、おどけた表情を見せたりと、日本チームのキャプテンだった無良崇人(洋菓子のヒロタ)に「MVPは知子ちゃん」と称される奮闘ぶり。演技後の取材対応でも、それまでより声を張るようになった。

 そうした変化はプログラムにも反映される。15−16シーズン、宮原が選んだ曲は『ファイヤー・ダンス』(ショート)と『ため息』(フリー)。前者を情熱的に演じれば、後者はピアノ調の音楽に乗せて情感たっぷりな世界観を作り上げた。

「これまで表現の面でいろいろな先生に習ってきました。魅せ方を勉強して1年ごとにだいぶ良くなってきていると思うんですけど、まだまだ海外の選手に比べたら控えめな感じがあるので、もう少し弾けられるようにしたいです」

 15年11月のNHK杯でグランプリ(GP)シリーズ初制覇。その2週間後のGPファイナルでは初出場ながら2位に輝く。年末の全日本選手権でも2連覇を達成するなど、日本女子のエースの座を確固たるものとした。年が明けてからも四大陸選手権で初優勝、世界選手権は5位だったものの、スケーターとしてのレベルを上げた充実のシーズンを締めくくった。

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