エース藤澤を救った元「戦力外」の笑顔 看板に頼らず五輪決めたLS北見

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キーショットを決め続けた吉田知那美

LS北見が中部電力を3勝1敗で下し、平昌五輪の出場権を獲得。勝利が決まった瞬間、選手たちの目からは涙があふれ出た 【写真:西村尚己/アフロスポーツ】

 五輪代表の座を手に入れると、LS北見のメンバーから次々と涙がこぼれた。カーリング女子の平昌五輪日本代表決定戦は10日に第4戦が行われ、2勝1敗と王手をかけていたLS北見が中部電力を9−5で破り、悲願の五輪切符をつかんだ。

 同じ相手と3日間で最大5試合を戦う決定戦。短期決戦は流れが勝敗を左右すると評されることもあるが、実力、経験とも上回るLS北見が下馬評通り今大会を制したのは、スキップの藤澤五月が本調子でなかった9日の2試合を1勝1敗で乗り切ったことが大きい。LS北見の1勝で迎えた9日午前の第2戦で、エース藤澤は簡単なショットでもミスを連発しチームも敗戦。午後に行われた第3戦でも本調子には及ばず、チームに暗雲が立ち込めるかに思えたが、そんな藤澤を救ったのがサードの吉田知那美だった。

 パワフルなショットでダブルテイクアウト(相手の石を2つハウス内から出すこと)したかと思えば、難しいドローショット(ガードの後ろに回り込んで止める)もピタリと決める。キーショットを度々成功させたことで苦しむエースを楽にし、また中部電力のスキップ松村千秋に大きなプレッシャーを与え、LS北見の勝利につなげた。

 藤澤が「本当に良いショットを決めてくれていたので、(第3戦の前に)知那についていくねと伝えた」と語るなど、大会を通じエースの右腕として大きな働きを見せた吉田知。チームの顔とも言える本橋麻里はリザーブに、そしてエースが苦しむなかでのこの結果は、“看板”2枚だけに頼らない、LS北見の層の厚さを感じさせる完勝だった。

 当の吉田知本人も「このチームで五輪を決められて本当に良かった」と声を弾ませたが、彼女にとって2大会連続となる来年2月の五輪は、前回大会とはまったく違う意味合いを持つものになった。

「戦力外通告」受けて地元・常呂町へ

吉田知那美(左)は前回のソチ五輪にも出場。しかし、大会後に戦力外通告を受けてしまう 【写真:YUTAKA/アフロスポーツ】

 吉田知はちょうど4年前の9月、当時所属していた北海道銀行フォルティウスのリードとしてソチ五輪代表決定戦に臨み、日本選手権3連覇中だった藤澤擁する中部電力を破って五輪代表の座をつかんだ。チーム方針により五輪本番にはリザーブとして登録されたものの、メンバーの欠場により急きょセカンドとして22歳で大舞台に立つこととなる。

 しかし初出場の緊張もあってか、初戦の韓国戦で精彩を欠いたプレーを見せてしまう。その後尻上がりに調子を取り戻し、チームも日本にとって史上最高タイとなる5位の成績を収めたが、吉田知に待っていたのはチームからの「戦力外通告」だった。

「氷の上に立っている姿を見られることが恥ずかしいと思うくらい、カーリング選手としての自信がなにも無くなってしまっていました」

 夢にまで見た初めての五輪出場から一転、2011年の設立当初より所属していたチームからの非情な通告。五輪翌月の日本選手権をリザーブとしてコーチボックスから眺めた後、北海道銀行を退職した。「あんな思いをするんだったら二度とリンクに上がりたくない」。失意のどん底にたたき落され、大好きなカーリングから離れることを決意した。

 そんな吉田知に声を掛けたのが、LS北見結成から4年弱、ソチの次に行われる18年平昌五輪出場を目指して動いていた本橋だ。ソチ五輪代表を逃したチームの強化に「五輪や世界を経験しているメンバーが必要。知那ならできる」(本橋)と、白羽の矢を立てた。ショックに打ちひしがれていた吉田知は一度は誘いを断る。しかし「自分のことは信じられないんですけど、信じてくれた人のことは信じられる」と本橋の熱意に心を動かされ、自ら地元・常呂町のLS北見へ加入したいと伝えた。

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