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川内優輝が示したマラソンの戦い方
万全の準備で「やりきった」ラストラン

 最初にゴールゲートをくぐったジョフリー・キルイ(ケニア)から遅れること3分52秒、日本代表のユニホームを着ては最後のマラソンと明言していた川内優輝(埼玉県庁)がゴールラインを越えた。タイムは2時間12分19秒。何度も2時間10分切りの「サブテン」をしている川内にとっては平凡なタイムだが、それ以上に意味のある結果となった。


 陸上の世界選手権第3日が現地時間6日、イギリス・ロンドンで行われ、男子マラソン決勝では、川内が日本勢としては最高位となる9位に入った。また中本健太郎(安川電機)は2時間12分41秒で10位、井上大仁(MHPS)は2時間16分54秒で26位に終わった。

「この6年間、無駄ではなかった」

苦しい表情でラストスパートをかける川内
苦しい表情でラストスパートをかける川内【写真:YUTAKA/アフロスポーツ】

「もちろん、8位と7位が見えていたので、悔しいというのはあります。ただ、その悔しさとともに、ようやく自分の中ではやりきったなと。メダルが目標、入賞が最低限と言っていたのに9位で、最低にもいけなかったのですが、自分の中では出し切れた部分はありました。そういった意味で、この6年間、無駄ではなかったかなと」


 そう語る川内の表情はすがすがしく見えた。


 レース中には看板に激突し左脚に切り傷を負い、転倒もし、給水ミスも犯し、先頭集団から大きく離されるなど、「上手いレース」ではなかった。そして、ゴール後には倒れ込んで車いすで搬送。それほど最後の「猛追撃」で力を使い切っていた。それでも、今回の日本選手団の主将を務める責任感からか、すぐに回復して自力で記者が待つミックスゾーンへ訪れ、自身のレースを前述のように振り返った。


 中間点を過ぎたところで、優勝したキルイら3人が飛び出し、それを皮切りに、レースは5キロ14分台で進む“高速マラソン”さながらの展開となる。ここで先頭集団についていった井上が落ちていったのと同じタイミングで川内も下がってしまい、メダル争いはおろか、入賞もほぼ厳しい状態になった。


 この状況を身をもって体験した井上は「ペースアップというのは意識していましたが、前半の比じゃなかったです。足にも内臓にもきました。体が対応できなかったです」と、世界との力の差を痛感したと話す。


 しかし同じく遅れた川内はまったく違う印象を持っていた。


「ペース変換がすごくあるのは分かっていて、私も過去2回の経験で、井上くんの位置だと揺さぶられて終盤に足がおかしくなると分かっていました。とにかく中本さんと一緒に走っていけば大丈夫と考えていました」


「中本さんと一緒に走る」というのは、先頭集団を走るアフリカ勢のペースに惑わされず、離されても前が見える位置で冷静に判断するという走り方。代表のチームメートであり、ライバルでもある中本のような戦い方をすることが、今回のテーマでもあった。この走り方で中本自身は2012年ロンドン五輪、13年モスクワ世界陸上で入賞を果たしている。


「それができれば、金メダルは無理でも銅メダルはいけるというのは、6年前から分かっていました」(川内)


 これが世界で戦ってきた経験則から導き出した1つの答えだった。

暑さ対策は物理的な対応で万全に

チームメートかつライバルの中本(右から2人目)の走りに川内はひとつの光を見いだした
チームメートかつライバルの中本(右から2人目)の走りに川内はひとつの光を見いだした【写真:YUTAKA/アフロスポーツ】

 ただ「私の実力不足で、中本さんに付き切れなかった」と、中間点以降の遅れを潔く認める。しかしここからの巻き返しが、川内の“真骨頂”だった。


「沿道の家族に、『とにかく順位を教えてほしい』と頼んでいて、順位をずっと伝えてもらいました。それで『17位』と言われて、『また17位かよ!』と。そんな順位は嫌だというのがあって、1つでも上の順位に上げたいと、それだけでした」


 11年のテグ大会、13年のモスクワ大会ではともに18位(※)。この結果もあり「夏マラソンからの卒業」を決めたのだが、このロンドンを最後の戦いに決めたのは、比較的涼しい気候だからこそ戦えるという計算もあった。


※11年テグ大会で、4位に入ったモロッコ人選手がドーピングの使用のため記録剥奪。川内は17位に繰り上がった。


 昨年12月の福岡国際マラソンで日本人トップの3位に入り、世界選手権の切符に近づいた際、川内自身に手記を書いてもらった。その中で川内は、「(自己ベストが)世界記録と5分以上の差がある状況では、暑さを克服するための努力をしている余裕はない」と2つの“課題克服”を同時にこなすことは無理であると考えていた。ただ物理的な準備によって暑さ対策が立てやすいロンドンだからこそ、その準備を万全なものにすることで、暑さに対する不安を取り除いた。


「(給水では)ボトルをしっかり2本用意して、中身も重いものにしませんでした。直射日光で暑くなるということだったので、日本陸連(陸上競技連盟)の方にしっかりボトルを冷やしてもらい、その冷やした水で首の部分、腕の部分、股関節の部分と冷やし、体温上昇を防ぎました。スペシャルドリンクも意識的に1口、2口、プラスアルファで飲んで、冷静に対応しました」

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