川内優輝が示したマラソンの戦い方 万全の準備で「やりきった」ラストラン

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脅威の粘りは積み重ねてきた距離の賜物

いつものように力を出し切った川内はレース後、車いすで搬送される 【写真:YUTAKA/アフロスポーツ】

 暑さ対策に心配がなくなることで、本来の粘り強い走りも生きてくる。

 その粘りの部分は、レース前々日に行われた記者会見でも述べていたように「トレーニングの質、量ともに今までを上回っている」と、絶対的な自信を持っていた。それはウルトラマラソン(100キロ)の挑戦だったり、50キロの距離走を取り入れたりと、フルマラソン以上の距離を積み重ねることで、自分の武器に磨きをかけていた。

「過去の海外のレースの経験で、『絶対に前が落ちてくる』と思っていました。いったん10番以下に落ちてから、7番まで上がったこともあったので、必ず粘っていれば落ちてくると分かっていました。しかも気温が上がっていたので、自分は冷静にかけ水とかをやっていて、ほかにはそんな選手はいないだろうと思っていました」

 自分ができることを追求し、最善の策を練る。数多くのマラソンを走ってきたからこそ、それに合った戦い方ができるのが川内の強みだ。

 そして“予想通り”ほかの選手がペースを落とす中、30キロ以降、5キロ15分台のペースを刻んだ川内は、最後の最後で、足にきていた中本に先着し9位にまで順位を上げることに成功した。

川内が望む、これからのマラソン人生

 結果としては入賞に届かなかった。しかし川内が見せた走りというのは、日本人が世界と戦うための、1つの可能性を示したことに間違いないだろう。

「年末年始に自費で下見したことで、コースを把握している部分もあり、安心感がありました。そういった時に、実業団の批判はしたくないのですが、やっぱり実業団の選手では会社のお金や陸連の補助を期待してしまって、自分のお金でコース下見をしようとはならないと思います。それは、自分のためなのですから、やっぱり自分のお金を使ってでもコース下見をして、いいイメージを植えつけていくのが大事だと思います」

 言葉どおりに捉えると「実業団批判」と受け取られてしまいそうなコメント。しかしその真意を探るなら、「自分のために、自分の準備をした方が良い」という、これからの日本代表選手へのアドバイスでもあったのだろう。

 川内は決して長距離や、駅伝のエリート街道を歩いてきたわけでない。歩かなかったからこそ、「自分のやり方」を追求し、人任せなアスリート人生は送ってこなかった。

 今回でマラソン日本代表としての活動から退く川内だが、それはマラソンを止めるという意味ではない。「今後もマラソンはバンバン走っていきます。本当に夏の大会は苦しいし、日本代表はすごい責任が重いものなので。ただ、今回も(出場選手が)知り合いばっかりでした。そういう感じで、世界中で仲間やライバルがいますので、そういったライバルと戦っていければいいかなと思っています」

「世界で戦う」という意味は、世界陸上や五輪で世界の強豪とメダルを争うという意味だけでなく、もしくは世界記録を競い合うというだけでもない。川内が話す「世界と戦う」は、世界中のマラソン大会で、世界の強豪と楽しみながら競り合うレースをするという意味も含まれている。

 日本代表としての戦いを終えた川内だが、これからもまた、川内らしい「マラソンの戦い方」を示してくれるだろう。

(取材・文:尾柴広紀/スポーツナビ)

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