フェデラーも経験「ボールキッズ」とは 試合を潤滑に進める影の立役者

内田暁

テニスの試合に欠かせない存在

テニスの試合に欠かせないボールキッズ。彼らはどのように選ばれているのか 【写真:なかしまだいすけ/アフロ】

 1993年――バーゼル開催のスイス室内選手権優勝者のミハエル・シュティッヒ(ドイツ)は、表彰式に参列した少年たち一人ひとりに、労うようにメダルを手渡していた。チャンピオンから渡されたメダルをうれしそうに眺める少年たちの一人は後に、テニス史上最高のチャンピオンとまで称されるスターになる。

「僕のキャリアは、ボールボーイとして始まったんだ。トッププレーヤーたちを間近に見て、最終日はピザで打ち上げをして……」

 ロジャー・フェデラー(スイス)が“世界”に身を置いた最初の体験は、迅速な動きで選手にボールを供給し、試合を潤滑に流すボールキッズとしてであった。

 ボールキッズはテニスの試合に欠かせない存在であり、特にグランドスラムともなれば、彼らの動きは試合を彩るショーのように機能的かつ流麗。とりわけ全仏オープン(OP)は、関係者たちが「われらこそ世界一」と誇るほどに厳格な規定とトライアウトを設けていることで有名だ。

 まずボールキッズの年齢は、11歳から15歳が基本。ちなみに全豪OPのそれは12〜15歳で、ウィンブルドンは「平均年齢が15歳」なので、全仏などに比べれば高めの設定だ。そして全米OPは14歳以上が唯一の条件で、上限は設けていない。

トライアウトをクリアした精鋭部隊

全仏のボールキッズは応募者3000人の中から選抜された精鋭部隊だ 【Getty Images】

 話を全仏のボールキッズに戻すと、身長は175センチ未満で、視力が良いことも求められる。また、フランステニス連盟(FFT)の会員になっていることも必要最低条件だ。

 それらの条件を満たした3000人ほどの応募者は、まずは最初のトライアウトを、それぞれの地域で受けることになる。ここでは敏しょう性や走力などの体力・運動能力の測定に加え、テニスのルール等を理解しているかなどの知識も審査される。

 その一次審査をパスできた少年・少女たちを待ち構えるのが、5日間の合宿だ。炎天下の中、ボールキッズを務めるだけの体力があるか。ボールを拾い、走り、正確に狙った場所へと投げたり転がすことができるか、などの能力がFFTたちのスタッフによって厳格かつ公正に見定められる。そうしてそれら厳しいトライアウトをクリアし、最終的に伝統と格式のローランギャロスの赤土を踏むことを許されたのが、220人の精鋭部隊なのだ。

未来のスターが生まれることも

フェデラー(緑)もかつてボールキッズだった。彼らの中から未来のスターが生まれる可能性も 【写真:USA TODAY Sports/アフロ】

 ボールキッズの規定が大会ごとに異なるように、彼・彼女らに求められる規律や動きも、各大会でそれぞれ多少の違いがある。例えば全米OPは野球の国である米国らしく、ボールキッズ間のボール交換は遠投が基本。だが他の大会では、ボールはグランドを転がすのがスタンダードだ。

 ただし全仏では、ボールは可能な限り持って走ることが要求されるという。特に、ニューボール(※試合開始後の7ゲームと、以降9ゲームごとに新品のボールを使用する)の時は、ボールキッズ同士でもボールは手渡し。これはボールを赤土に触れさせることなく、真新しいまま選手に届けたいという奉仕の心遣いの現れだ。また他の多くの大会では、ボールを拾った後に一回所定の位置に戻ってからボールを転がすことが求められるが、全仏では最短ルートをたどって選手のもとに届けることを心掛ける。これは、試合が長くなりがちなクレーの特性を考慮し、可能な限りのスピードアップを図っているからだろう。

 さらに近年の全仏は“交換ボールキッズ”プログラムを施行しており、今年も全豪OPやチャイナOPのボールキッズが複数名、ローランギャロスで活躍している。チャイナOPからのボールキッズ引率者は、「全仏でボールキッズを務めた子供たちは、世界最高峰の大会に身を置き、トップ選手たちと触れ合うことでよりテニスが好きになる」のだと言った。

 ボールキッズたちは試合を潤滑に進める影の立役者であり、同時に、テニスプレーヤーの卵でもある。フェデラーの「キャリアの始まり」がそうであったように、フランスのみならず世界から集まったボールキッズたちの中から、未来のスターが生まれるかもしれない。
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著者プロフィール

テニス雑誌『スマッシュ』などのメディアに執筆するフリーライター。2006年頃からグランドスラム等の主要大会の取材を始め、08年デルレイビーチ国際選手権での錦織圭ツアー初優勝にも立ち合う。近著に、錦織圭の幼少期からの足跡を綴ったノンフィクション『錦織圭 リターンゲーム』(学研プラス)や、アスリートの肉体及び精神の動きを神経科学(脳科学)の知見から解説する『勝てる脳、負ける脳 一流アスリートの脳内で起きていること』(集英社)がある。京都在住。

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