安心せよ私だ、カンパニー弟を買いなさい 「競馬巴投げ!第131回」1万円馬券勝負

乗峯栄一

「人気はウオッカだけど、おじさんはカンパニーだ」

[写真3]リアルスティール 【写真:乗峯栄一】

 秋天皇賞で個人的に一番印象深いのは09年のレースだ。馬券も取った。しかし、はばかりながら、馬券を取った天皇賞はほかにもある。このレースが印象深いのはごく個人的な理由による。

 09年秋天皇賞はウオッカが断然一番人気だった。

 毎週金曜深夜には専門紙購入と即PAT入金をしにいくので、まだ話したことはないが「田川」という名札のファミマのニイちゃんとは、何となく通じるものがあった。ニイちゃん、この日は珍しく同僚と競馬の話をしている。「やっぱり天皇賞ウオッカやろ」などと言う。そこに専門紙をカウンターに置いたおじさんが「人気はウオッカだけど、おじさんはカンパニーだ」と宣言する。

 田川くんは、一瞬「誰やねん、こいつ」という顔を見せるが、ぼくが顔を上げると「あ、毎週金曜深夜に来るこの人か」という表情を見せた。田川くんの表情からはハッキリそう読み取れた。

 その天皇賞はカンパニー優勝、一番人気ウオッカは3着に敗れ、単勝1100円、3連単10万2千円付けた。

[写真4]ラブリーデイ 【写真:乗峯栄一】

 でも問題は翌週の金曜深夜である。心なしか胸を反らし、小さく鼻歌など歌い、いつものように田川くんの前に専門紙を置く。

「あ、涼しくなってきたから、オデン貰おうかな?」など4品ほど買い「あ、ぼく、カラシ好きやから、そのカラシの小袋、6、7個入れといて」と言うと「当店ではネタ一品に付きカラシ一袋と決まっておりますので出来ません」と言われる。もちろん「カンパニー、やりましたね」の一言もない。一週間前、瞬時通じたと思われた田川くんとのシンパシーはどこへ行ったのか? ぼくはカラシ少なめの無念のオデンと専門紙を抱え、天皇賞的中翌週のファミマをうな垂れながら帰った。

 でも何が原因なのか今やっと分かった。「おじさんはカンパニーから行く」と行ったあの時「安心せよ、わたしだ、怖がることはない」とイエスの如く付け加えなかったからだ。これからの競馬場では、皆すべからくこれを言うべきだ。

 競馬場に行くと「馬って速いなあ」と感じる。でもそれは周りがじっとしているからだ。スタンドもスターター台も発走ゲートすらも時速70キロで高速移動すれば、馬はスタートを切ることさえ出来ず「馬って止まってんじゃないの」ということになる。

 ガリラヤ湖を漂流する十二使徒の舟を、水上歩きのイエスが越えて行き、みんなが胆をつぶしたのは、舟が止まっていたからだ。止まっていたから水上歩行器を付けたイエスに越えられた。

 超ぬかるみ馬場で競走馬たちが難渋し、農耕作業中レースのようになった時、たとえば東京競馬場の鳩たちが超高速歩行で馬たちを越えていく。競走馬たちはもちろん全員「あれは何だ」と胆をつぶす。そのとき鳩はグイと胸を反らせて馬たちを振り返り「安心せよ、わたしだ」と言う。ジーザス鳩スターだ。

 全く無視されていたカンパニーのごとく、今年もカンパニーの弟が無視されている。

 そのとき、府中の大ケヤキの上に立ったジーザスは「安心せよ、わたしだ。怖がることはない。怖がらず、カンパニーの弟を買いなさい」と言い放つ。

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著者プロフィール

 1955年岡山県生まれ。文筆業。92年「奈良林さんのアドバイス」で「小説新潮」新人賞佳作受賞。98年「なにわ忠臣蔵伝説」で朝日新人文学賞受賞。92年より大阪スポニチで競馬コラム連載中で、そのせいで折あらば栗東トレセンに出向いている。著書に「なにわ忠臣蔵伝説」(朝日出版社)「いつかバラの花咲く馬券を」(アールズ出版)等。ブログ「乗峯栄一のトレセン・リポート」

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