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甲府ユース出身の日本人がオランダで台頭
ドルトレヒトで味わう21歳の開幕勝利

甲府ユースを経てドルトレヒトへ

ドルトレヒトの開幕スタメンに左SBとして名を連ねた際
ドルトレヒトの開幕スタメンに左SBとして名を連ねた際【Getty Images Sport】

 日本でも無名、オランダでも無名。そんな日本人、ファン・ウェルメスケルケン際(さい、21歳)がトップチームデビューを果たしたのは昨季のエールディビジ最終節、トゥエンテ対ドルトレヒト戦(3−0でトゥエンテが勝利)だった。


 ドルトレヒトに日本人選手がいるということは、それまでうわさにすらなっていなかった。オランダメディアにとっても“ファン・ウェルメスケルケン際”という名前の日本人選手は驚きだったらしく、早速彼のプロフィールを中心としたインタビュー記事が紹介された。それによれば、父はオランダ人、母は日本人で、本人はマーストリヒト生まれ。2歳の時に一家で日本へ行き、ヴァンフォーレ甲府ユースを経て、単身オランダへ渡ってドルトレヒトに加入したということだった。


 開幕前日、ドルトレヒトの練習を訪れてみると、際はレギュラー組として左サイドバック(SB)でプレーしていた。翌日のスタメンは間違いなさそうだ。しかし、どこかプレーにぎこちなさがある。右SBの選手が、そのまま左サイドに移ってきた、そんな動きなのである。


 練習後、話を聞いてみて合点がいった。トゥエンテ戦で右SBを務めていたように、彼の本来のポジションは右SBである。しかし、レギュラーの左SB、エベルトン・ピサスが負傷したこと、最近のプレシーズンマッチの試合内容が悪かったことから、急きょ、「お前、やってみろ」と際が左SBにコンバートされた。その初めての練習が試合前日だったのである。


「家に帰ったら、左SBの動きをチェックするため映像を探して見てみます。でも僕は甲府時代に右ハーフも左ハーフもやっていたので、左SBも大丈夫です。トゥエンテ戦に出ましたけれど、本当の意味で僕のプロデビューは明日だと思ってます。どんな試合でも僕は緊張しますけれど、良い緊張を持って明日の試合に臨みたいです」と際は誓った。

課題の守備と武器のスピード

 8月7日、ドルトレヒトはアイントホーフェンをホームに迎えて今季開幕戦を戦った。どうやらドルトレヒトの背番号は固定制ではないらしく、1番から11番まで背番号とポジションが一致している。際は左SBを意味する“5”を背負ってピッチに立った。


 ドルトレヒトのような小クラブが降格すると、主力選手はほとんどいなくなり、まったく新しいチームになる。だから、お互いのコンビネーションを探りながらのサッカーになるのは仕方がない。ましてや、際のようなコンバート2日目の選手にとっては自分自身のプレーも手探りになってしまう。それが顕著に現れたのが14分の失点シーンだった。アイントホーフェンの左SBがゴールライン際までえぐってクロスを入れ、ファーサイドへ飛んできた。ジャンプしかけた際の前に突然アイントホーフェンのMFフリース・デスヒルダーが現れ、高い打点のヘディングシュートを決められてしまった。


 45分、今度もまた相手の左SBがクロスをファーへ上げてきた。この時、際はより中へ絞っていたが、その外側から右ウイングのロアルド・ファン・ハウトに先にボールを触られボレーシュートを打たれた。


 14分のシーンと45分のシーンを振り返って際は言う。


「(失点シーンの得点者は)完全に自分は見えていなかったです。自分がもうちょっと中に付いていくべきか。でも、1回あったじゃないですか。(45分に)左のライン際からクロスが入って、僕の頭を越えてボレーを打たれたシーン。1失点目は中に入られたけれど、2本目はその裏を突かれてしまった。ポジション取りが難しいです」


 守備の基本は“中から外”。だから、45分のポジショニングの方が正解に近いのだろう。実際、このシュートはかなり角度が難しいもので、ゴールになる可能性はかなり低かった。


 逆に光ったのはスピードだった。相手と同時に走り出せば、際が負けることはほとんどない。空中戦では互角か。ボール奪取に関しては、相手のボールを突くことはできるが、半身の姿勢が普段の逆となるせいか、体を入れて完全に奪いきるまではいかない。だから、ボール奪取はインターセプトが主となった。


 後半、足をつった。プレシーズンは負傷もあって、練習試合であまり長い時間プレーしていなかった。そのため自らベンチにシグナルを送って79分で退いた。

 

「けがが明けてから試合に出たのは2回。それも45分と25分だけ。はたから見れば違うでしょうけれど、今日いきなり80分やれたので、まあまあ悪くはない感じです」


 その健闘はスタンディングオベーションでたたえられた。

中田徹
中田徹

1966年生まれ。転勤族だったため、住む先々の土地でサッカーを楽しむことが基本姿勢。86年ワールドカップ(W杯)メキシコ大会を23試合観戦したことでサッカー観を養い、市井(しせい)の立場から“日常の中のサッカー”を語り続けている。W杯やユーロ(欧州選手権)をはじめオランダリーグ、ベルギーリーグ、ドイツ・ブンデスリーガなどを現地取材、リポートしている

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