宇佐美がエースとなるために必要なこと サッカーの難しさを感じたシンガポール戦

元川悦子

必要な周囲との連携の見直し

宇佐美が中に入ることで、スペースを潰す場面も見られた。周囲との連携の見直しは不可欠だ 【写真:長田洋平/アフロスポーツ】

 宇佐美がゴールという結果を残せなかった要因はいくつか考えられる。その1つが、本人も指摘した通りフィニッシュ精度の問題だ。

 09年U−17W杯(ナイジェリア)、12年ロンドン五輪と年代別世界大会を経験し、11〜13年にかけてはバイエルン・ミュンヘン、ホッフェンハイムでプレーした彼には、卓越した国際経験があったはず。だが、W杯予選の独特な雰囲気はまったく別物だったのかもしれない。

「シュートシーンになったら、相手も人数を割いて来ていましたし、そこをどう崩していくのかは難しかった。『裏に走ってそこを使うスペースもないね』と宏介君とも話してました」と宇佐美はしみじみ語っていたが、ここまで泥臭く捨て身で守られた機会は滅多になかったのだろう。シュートを何本も外しているうちに、目に見えない心理的負担が強まり、彼本来の鋭い得点感覚が徐々に薄れていった。それはA代表の経験不足以外の何物でもない。この先、ピッチに立ち続けることで、解決していくしかないのだ。

 周囲との連携を見直すことも、状況打開の一助につながる。この日の日本代表は中へ中へという単調な攻撃一辺倒になりがちで、外のスペースを有効に使えていなかった。後半になってようやく酒井宏樹、太田の両サイドから数多くのクロスが上がるようになったが、それまでは、宇佐美も香川真司も本田も真ん中に固執し過ぎていた。

「僕は貴史のところで数的優位を作れると思ってた。経由地点でボールを受けられるスペースはありましたし、そこでボールを呼び込みたかったんですけれど、なかなかうまくいかなかった。やっぱり両サイドに入った時にチャンスになりましたし、それを続けていけばよかった」と香川も反省の弁を口にしていたが、彼と宇佐美がお互いの長所や存在感を消し合ってしまう部分も見受けられた。

「縦に速い攻め」がすべてではない

 イラク戦でも、本田と宇佐美が中央へ動くことで、香川が出て行く前線のスペースが少なくなり、彼が消えるという現象が起きていた。「チーム全体が縦へ縦へと急ぎ過ぎる。もうちょっとワイドに行く時間帯があってもいいですし、誰かが遅れて入っていくような工夫があってもよかった。みんな個性があるから、どうやってそれをもっと融合させていくのかを考えないといけない」と香川も指摘したように、宇佐美も緩急の変化をつけたり、タメを作ったり、外のポジションを有効活用するなどの意識を強め、お互いを生かす工夫を凝らすべきだろう。

 ハリルホジッチ監督就任後の日本代表では「縦に速い攻め」がひと際、強調されるようになった。それを全員が実践しようとしているのは確かだし、ゴールに直結するダイレクトプレーが増えるのは良いことだ。しかし、相手によってはその方向性がマイナスに作用することもある。

「相手はテンポを遅らせるために守備をしているので、こっちもあえてテンポを遅らせるとか、そういうタメが必要なんですけれど、アップテンポのサッカーをしてきた流れから、いきなりこういう状況に追い込まれたので、その切り替えが足りなかったと思います」と、本田も問題点を指摘していた。宇佐美を含め、ピッチ上の選手たちが臨機応変に戦い方をアレンジできなければ、アジアの格下相手といえども簡単には勝てない。それを彼らは再認識したに違いない。

失敗をどう今後に生かすのかが重要

宇佐美がこの失敗をどう今後に生かすのかが何よりも重要だ 【写真:YUTAKA/アフロスポーツ】

 宇佐美が最も得意とするプレーはドリブル突破だが、左から中に流れる定番のパターンだけでなく、タッチライン際を突破してクロスを狙う、あるいはワンツーを入れる、サイドバックとクロスしながら動くといった意外性や創造性があってもいい。そうやってバリエーションをつけていかなければ、自陣を固める相手は崩せない。そのためにも、長友や太田ら縦関係を形成する選手たちとの関係を突き詰めていくことが肝要だ。それが、日本代表でも輝く必須条件と言えるのではないか。

「こういう相手との戦い方に慣れていくことも大事。まだまだ試合数もあるので、こういう戦い方をされた時に自分たちがどう崩していくかをこだわれればいい。今日の結果はすごく残念ですし、申し訳ないけれど、これは教訓にしていくべき試合。同じようなミスをしないようにしていけばいいと思います」

 宇佐美自身がこう言った通り、この失敗をどう今後に生かすのかが何よりも重要だ。まだ1試合終わった段階だが、日本はEグループリーグ4位という最悪のスタートを余儀なくされている。ここから着実に巻き返しを図るためにも、頭抜けた得点感覚を秘めたアタッカーの覚醒は不可欠だ。カズを超えるエースナンバー11の出現は、日本サッカー界全体の願いでもある。彼には9月以降の戦いに向け、自分の課題としっかり向き合って、さらなる飛躍を期してほしい。

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著者プロフィール

1967年長野県松本市生まれ。千葉大学法経学部卒業後、業界紙、夕刊紙記者を経て、94年からフリーに。Jリーグ、日本代表、育成年代、海外まで幅広くフォロー。特に日本代表は非公開練習でもせっせと通って選手のコメントを取り、アウェー戦も全て現地取材している。ワールドカップは94年アメリカ大会から5回連続で現地へ赴いた。著書に「U−22フィリップトルシエとプラチナエイジの419日」(小学館刊)、「蹴音」(主婦の友社)、「黄金世代―99年ワールドユース準優勝と日本サッカーの10年」(スキージャーナル)、「『いじらない』育て方 親とコーチが語る遠藤保仁」(日本放送出版協会)、「僕らがサッカーボーイズだった頃』(カンゼン刊)、「全国制覇12回より大切な清商サッカー部の教え」(ぱる出版)、「日本初の韓国代表フィジカルコーチ 池田誠剛の生きざま 日本人として韓国代表で戦う理由 」(カンゼン)など。「勝利の街に響け凱歌―松本山雅という奇跡のクラブ 」を15年4月に汐文社から上梓した

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