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宇佐美がエースとなるために必要なこと
サッカーの難しさを感じたシンガポール戦

初のW杯予選にも自然体で臨む

11番を背負って初のW杯予選に望んだ宇佐美(左)だが、結果を残すことはできなかった
11番を背負って初のW杯予選に望んだ宇佐美(左)だが、結果を残すことはできなかった【写真:長田洋平/アフロスポーツ】

「予選だろうが親善試合だろうが、個人のメンタリティーとしては、良い意味でまったく変わらないですし、どの試合も勝つことだけ。勝利に自分が貢献できるようにということしか考えていないので、全然気負いもなければ緊張もないです」


 2018年ロシアワールドカップ(W杯)への重要な一歩となる16日のアジア2次予選初戦・シンガポール戦(0−0)を翌日に控え、宇佐美貴史はいつも通りの淡々とした物言いを繰り返していた。


 ヴァイッド・ハリルホジッチ監督体制の初陣となった3月のチュニジア戦(2−0)で4年越しの日本代表デビューを飾り、続くウズベキスタン戦(5−1)で初ゴール。3戦目となる11日のイラク戦(4−0)では、かつてカズ(三浦知良)がつけたエースナンバー11を背負って初先発し、巧みなアシストで岡崎慎司のゴールをお膳立てしてみせた。


 順調に階段を駆け上がってきた23歳の点取り屋にとって、シンガポール戦は初のW杯予選。これまでの親善試合とは重圧がまったく違う。それでも彼は自然体を強調。「次は自分で決めたい」とゴールへの強い意気込みをのぞかせた。左サイドで縦関係を形成すると見られた長友佑都が「彼には『中に入ってシュート』というストロングポイントがある。僕がディフェンスをひきつけておとりになり、彼が中に行くパターンをサポートしたい」と語ったように、周りも宇佐美の公式戦初得点を積極的にお膳立てしようと考えていた。

チャンスを生かせず、未熟さを痛感

積極的にシュートを放つも無得点。宇佐美は自分の未熟さを痛感した
積極的にシュートを放つも無得点。宇佐美は自分の未熟さを痛感した【写真:長田洋平/アフロスポーツ】

 迎えた本番。新背番号11は周囲の大きな期待に応えるかのように、開始早々、いきなりペナルティーエリア外からシュート。思い切りの良さを前面に押し出した。長友の負傷欠場によって左サイドは太田宏介とのコンビになったが、「貴史との連携はまったく問題なかった」と太田も話しており、2人の中では「どこかで必ず崩せるはず」という共通認識があったようだ。


 宇佐美に巡ってきた前半最大のチャンスは27分。同い年の盟友・柴崎岳からのスルーパスに反応して、裏に抜け出したシーンだ。序盤からスーパーセーブを連発していたGKイズワン・マフブドと1対1になったが、オフサイドと判定されてしまう。「岳からの縦パスは入ってきやすい状態だった。岳とは常に良い関係を築けていた」と本人も言うように、狙い通りの形を引き出せた手応えを得たことだろう。


 前半が終わって0−0。この時点ではまだ宇佐美の中にも精神的余裕があった。「ナナメのサイドチェンジを繰り返していけ」という指揮官の指示の下、気合を入れ直して後半へ。彼はシュートの意識を一段と鮮明にした。


 後半最初の一撃は3分。得意の左サイドからペナルティーエリア内に切り込んで右足で放ったシーンだ。7分、15分にも同じような位置から狙うが、ボールは枠を超えていく。再三のトライにもかかわらず自分の形が実らないことで、さすがの彼も苛立ちを募らせていく。そして27分、左ポストを強襲した本田圭佑の直接FKのこぼれ球に反応したビッグチャンスも、肝心なシュートが弱く、GK正面に飛んでしまった。


 結局、背番号11は5本のシュートを放ちながら決めきれず、後半33分に武藤嘉紀と交代。屈辱的なスコアレスドローとなった試合の幕切れをベンチで見守ることになった。


「一発決めていれば全然違った試合展開になっていたと思うので、そういう意味では本当に反省というか……。やっぱりシュート精度の問題ですね。あと何ミリかパスが良ければとか、シュートが何センチか内側だったら、枠に行ってれば何点も入ってた。たらればを言ったらキリがないですけれど、そういうシーンが多かった。一発決まればという状況が続いて、試合終盤になっていくにつれて焦りも出ていたのかな。あらためてサッカーの難しさを感じた試合でもありますね」と彼は自分の未熟さを痛感したという。

元川悦子
元川悦子

1967年長野県松本市生まれ。千葉大学法経学部卒業後、業界紙、夕刊紙記者を経て、94年からフリーに。Jリーグ、日本代表、育成年代、海外まで幅広くフォロー。特に日本代表は非公開練習でもせっせと通って選手のコメントを取り、アウェー戦も全て現地取材している。ワールドカップは94年アメリカ大会から5回連続で現地へ赴いた。著書に「U−22フィリップトルシエとプラチナエイジの419日」(小学館刊)、「蹴音」(主婦の友社)、「黄金世代―99年ワールドユース準優勝と日本サッカーの10年」(スキージャーナル)、「『いじらない』育て方 親とコーチが語る遠藤保仁」(日本放送出版協会)、「僕らがサッカーボーイズだった頃』(カンゼン刊)、「全国制覇12回より大切な清商サッカー部の教え」(ぱる出版)、「日本初の韓国代表フィジカルコーチ 池田誠剛の生きざま 日本人として韓国代表で戦う理由 」(カンゼン)など。「勝利の街に響け凱歌―松本山雅という奇跡のクラブ 」を15年4月に汐文社から上梓した

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