チェルシーが優勝へカウントダウンを開始 名将対決で見せたモウリーニョの実利主義

山中忍

優勝を争う3チームとの直接対決は無敗

優勝を争う3チームとの直接対決を無敗で乗り切ったチェルシー。5年ぶりのリーグ優勝に大きく近づいた 【写真:Action Images/アフロ】

 日本時間27日のプレミアリーグ第34節アーセナル戦(0−0)をもって、チェルシーは今季のプレミアリーグ優勝争い参戦3チーム(アーセナル、マンチェスター・ユナイテッド、マンチェスター・シティ)との直接対決を無敗で終えた。33試合を消化した時点での成績もリーグ最少の2敗。楽勝カードはないと言われるプレミアでも取りこぼしが滅多になく、ライバル対決でも2勝4分けとそつがないとくれば、開幕から首位を走り続けても不思議はない。

 巷には戦力からして優勝が当然という声もある。確かに、ほぼ固定の先発イレブンの中で1トップのジエゴ・コスタから最終ライン中央のジョン・テリーまで、計6名が今季ベスト11入り(プロ選手協会選定)。コスタは移籍1年目ながら開幕4戦で7得点という即戦力となり、チームの開幕ダッシュをけん引した。2列目左サイドで選出されたエデン・アザールは年間最優秀選手賞の栄誉に輝き、そのアザールが「チームの頭脳」と呼ぶセスク・ファブレガスは、ベスト11からは漏れたもののアシストを量産し続けている。(編注:ベスト11に選出された残る3人はガリー・ケーヒル、ブラニスラフ・イバノビッチ、ネマニャ・マティッチ)

 しかし、選手層と成熟度を含めた総合力ではマンチェスター・シティが最強という下馬評だった。優勝争いが本格化する後半戦で目を見張ったのは、マンチェスター・ユナイテッドとアーセナルの勢いだ。にもかかわらずの首位キープは、やはりチェルシーを率いるジョゼ・モウリーニョの手腕によるところが大きい。4月後半にルイ・ファン・ハールとアーセン・ベンゲルを相手にした名将対決2連戦での4ポイント獲得もその一例だ。

「名より実を獲る」モウリーニョの戦術

マンチェスター・ユナイテッド戦では、ズマ(左)がフェライニに張り付き、決定的な仕事を許さなかった 【写真:ロイター/アフロ】

 モウリーニョが「優勝請負人」とも言われる理由はプラグマティズム(実利主義)にある。今季のチェルシーでは、オーナーのロマン・アブラモビッチが望むボールを支配して勝つスタイルへの取組みがタイトル獲得と並ぶ前提条件。実際、セスクという「ポゼッション源」を得たことで攻め勝つスタイルが可能になったが、大事な終盤戦で主力が故障や出場停止に見舞われると、得意の「名より実を獲る」戦術がもの物を言うようになった。

 ラストスパートへの最大のハードルと思われた19日の第33節マンチェスター・ユナイテッド戦(1−0)では、3対7の割合でポゼッションを譲りながら敵を仕留めている。試合後にホームでの劣勢を問われても、指揮官は「99%支配されても構わない」と動じなかった。対するファン・ハールも理想と現実のバランスを重視する監督。後半戦での巻返しは、マルアン・フェライニの高さを生かしたロングボールも厭わない戦法が奏功したものだ。

 だが、モウリーニョの現実主義はかつての師の上をいく。チェルシーのスタメンには、本職はセンターバック(CB)のクルト・ズマがボランチとして名を連ねた。課された任務はフェライニのマンマーク。中には貴重なMF1名を守備だけに割く起用を嫌う監督もいるが、モウリーニョは結果という目的を重視。TVカメラの前で「左を向いても右を向いても、後ろを見ても彼がいた」と言うほどズマに張り付かれたフェライニは決定的な仕事ができず、マンチェスター・ユナイテッドに得点は生まれなかった。

アザールの成長をうながした手綱さばき

マンチェスター・ユナイテッド戦でワンチャンスを物にしたアザール(左)の成長の影にもモウリーニョの手綱さばきがあった 【写真:Action Images/アフロ】

 対照的にチェルシーでは期待された人物が決定的な仕事をした。カウンターからのチャンスに、相手GKダビド・デ・ヘアの股間を射抜いたアザールだ。自身2年目のモウリーニョ体制下で、「自分の仕事は勝利を実現すること」と言うようになった24歳は、第32節QPR戦(1−0)でも唯一の枠内シュートだったセスクのゴールを演出している。

 このアザールの成長の影にもモウリーニョの手綱さばきがある。一部メディアで両者の不和がうわさされたのは1年前。昨季チャンピオンズリーグで準決勝敗退が決まったホームでの第2レグ後、アザールは「勝負を挑む用意がない」として戦術に不満を示し、モウリーニョは守備の怠慢で2失点を呼んだアザールを「チームのために尽くせない」と責めた時のことだった。

 だが、実際の両者は互いに「対話は欠かさない」と認める間柄だ。モウリーニョは、25歳前後の「キッズ」が多い主力の中でも「ザ・キッド」と呼ぶアザールに対し、時には「傑出した才能」を褒め、時には「未熟」を戒め、アメとムチを使い分けながら尻をたたいてきた。

 その甲斐あって、昨季はプレッシングやチェイシングを即する監督の怒鳴り声に、ピッチ上で顔をしかめることもあった「やんちゃ坊主」が、怒鳴られる場面自体が今季はなくなった。褒美として、対戦相手によってはモウリーニョから「チェイシングは忘れていい」と言われるようにさえなっている。ホームで必勝を期したマンチェスター・ユナイテッド戦、相手のラダメル・ファルカオとウェイン・ルーニーが計3度のチャンスを無にしたピッチでワンチャンスを物にしたアザールのゴールは、責任感と決意を増した今季の姿を象徴するシーンだった。

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著者プロフィール

1966年生まれ。青山学院大学卒。西ロンドン在住。94年に日本を離れ、フットボールが日常にある英国での永住を決意。駐在員から、通訳・翻訳家を経て、フリーランス・ライターに。「サッカーの母国」におけるピッチ内外での関心事を、ある時は自分の言葉でつづり、ある時は訳文として伝える。著書に『証―川口能活』(文藝春秋)、『勝ち続ける男モウリーニョ』(カンゼン)、訳書に『フットボールのない週末なんて』、『ルイス・スアレス自伝 理由』(ソル・メディア)。「心のクラブ」はチェルシー。

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