現地記者の日本人選手ラ・リーガ奮戦記(月2回更新)

ソシエダも相次ぐ“VARスキャンダル”の犠牲に……怒りと無力感で体が震えるほどの酷さだ

山本美智子

J・アルバレスが決めたPKは“2度蹴り”というVARの判定で取消しに……。CLのベスト8入りを断たれたA・マドリーにとっては納得しがたいジャッジだった 【Photo by Alberto Gardin/Eurasia Sport Images/Getty Images】

 スペイン在住がすでに25年以上に及ぶ日本人ライターによる、月2回の連載コラム。レアル・ソシエダで3年目のシーズンを迎えた久保建英と、今シーズンからマジョルカでプレーする浅野拓磨の動向を中心に、文化的・歴史的な背景も踏まえながら“ラ・リーガの今”をお届けする。第10回のテーマは何かと議論を呼ぶVAR判定。3月9日の週には、チャンピオンズリーグ(CL)、ヨーロッパリーグ(EL)、そしてラ・リーガでスキャンダラスとも言える不可解なジャッジが相次いだ。

本来VARではなく主審が判断すべき事項

 ハイテクノロジーの導入により、サッカーが日々つまらなくなっている。そう嘆くサッカー関係者は、ここスペインにも少なくない。

 その最たるものがVAR(ビデオアシスタントレフェリー)だ。このシステムがスペインに導入されてからすでに6年目を迎えているが、ラ・リーガに限らず、ヨーロッパ全体を見渡してもVARにまつわるスキャンダルが後を絶たない。

 CLのラウンド16、アトレティコ・マドリー対レアル・マドリーの大一番では、“CL史上最もスキャンダラスなVAR判定”があった。

 3月4日(現地時間、以下同)の第1レグはホームのR・マドリーが2-1で制し、迎えた12日のメトロポリターノでの第2レグはA・マドリーが1-0とリードして90分の戦いを終える。トータルスコア2-2で延長戦に突入するが、そこでも決着はつかず、勝敗はPK戦に委ねられた。だが、ここで事件が起きる。

 後攻A・マドリーの2人目のキッカー、フリアン・アルバレスが決めたPKがVARによって取り消されたのだ。J・アルバレスが足を滑らせ、倒れ込みながらシュートを放った際に、軸足にもボールが触れていたというのがVARのジャッジだった。

 結局この“失敗”が響いたA・マドリーはPK2-4で敗れ、準々決勝進出を逃している。当然納得がいかないA・マドリー側の要請に応じ、UEFA(欧州サッカー連盟)が証拠映像を提出したのは翌日。確かにボールが軸足に触れる瞬間がスローモーション映像にも残っていた。しかし、ここには2つの問題が内在する。

 第一に、なぜこの映像をその場で提示できなかったのか。もし、J・アルバレスのPKの直後に提示されていれば、少なくともあの嫌な後味はなかっただろう。2つ目はもっと重大な問題、それは“2度蹴り”の解釈の問題だ。

 IFBA(国際サッカー評議会)によって定められたPKに関する競技規則(第14条)によれば、2度蹴りに相当するのは「ボールが明らかに動いたとき」とある。しかし、映像を見てもJ・アルバレスの軸足に当たったボールは、ほとんど動いていない。A・マドリーのディエゴ・シメオネ監督も、試合後の記者会見でその点を指摘している。

 UEFAは「わずかではあるが、蹴る前に軸足でボールに触れた」とVARの判断を正当化する一方で、「ダブルタッチが明らかに故意でない場合のルールを見直す必要があるかどうか、FIFAおよびIFBAと協議する」とも付け加えている。

 これは明らかな矛盾だ。2度蹴り、ダブルタッチが許されないのは、意図的に押し込もうとした場合であり、今回のように故意ではなく、滑って触れてしまったケース、さらには大きくボールが動いていないケースに適用するかどうかは、本来VARではなく、経験をもとに主審が判断すべき事項のはずなのだ。

 今シーズンから新フォーマットとなったCLで、A・マドリーはリーグフェーズを5位で突破し、ストレートでベスト16入りした。一方、11位通過のR・マドリーはプレーオフの戦いを経て何とかこのラウンドにたどり着いている。それだけに、なおさらA・マドリーにとっては悔しい敗戦だっただろう。試合後のロッカールームから、“Un puto gol! Un puto gol!”(忌々しいたったの1ゴール! 1ゴール!)という声が響き渡ってきた。まるで断末魔の叫びのように……。A・マドリーの運命は、VARによって大きく歪められてしまったのだ。

VAR時代における最悪の盗難

マンU対ソシエダのELラウンド16第2レグも、主審の不可解なジャッジによって台無しにされた。マンU側に与えられたPKはいずれもVAR介入なしの主審の即決だった 【Photo by Molly Darlington/Copa/Getty Images】

 それ以上に酷かったのが、3月13日に行われたELのラウンド16第2レグ、久保建英のレアル・ソシエダが、敵地オールド・トラフォードに乗り込んでマンチェスター・ユナイテッドと相まみえた一戦だ。その酷さと言えば、試合を見ている私が怒りと無力感に体が震えるほどだった。

 第1レグをホームで1-1と引き分けたソシエダだったが、この日は10分にPKで先制するものの、16分、50分と相手に2本のPKを決められ、63分にはホン・アランブルが退場処分……。終了間際にさらに2失点し、1-4で敗れたのだが、とにかくこの日はゲームを裁いたブノワ・バスティアン主審のジャッジが不可解極まりなかった。

 打ちひしがれたイマノル・アルグアシル監督が、試合後1時間が過ぎてようやく記者会見場に姿を現したのも、無理はない。いつもは穏やかなアルグアシル監督が、怒りに震える声で憤りをぶつけている。

「私たちはこのようなジャッジを受けるべきチームではない。私たちだけでなく、ユナイテッドも含めてだ。サポーターのことは、本当に気の毒に思う。(ジャッジのせいで)試合自体が壊されてしまった」

 本来なら主審のジャッジを補うはずのVARが機能しなかったのが、このケースだ。

 地元紙『Noticias de Guipzcoa(ノティシア・デ・ギプスコア)』紙は、「VAR時代における最悪の盗難」と表現したが、CLのマドリード・ダービーとは対照的に、この一戦では明らかにジャッジに誤りがあったにもかかわらず、VARが介入しなかった。

 マンUに与えられた3回のPK(84分のPKは取消し)を振り返り、ソシエダのミケル・オヤルサバルは試合後にこう話している。

「主審はソシエダにPKを与えるまでに、(オンフィールドレビューで)1分半の時間をかけて検討したが、マンU側への3つは即決だった」

 また、試合後にラジオ局『カデナ・セル』の番組に出演したアリツ・エルストンドは、取り消された3回目のPKについて、その経緯をこう説明した。

「アマリ(・トラオレ)に倒されたとされる(パトリック・)ドルグ自身が、主審に『違うから(PKを)取らないでくれ』と言ったんだ」

 さらに、そのラジオ番組に出演していた元レフェリーのイトゥラルデ・ゴンサレスも、ソシエダがオールド・トラドフォードで“盗難”に遭ったとの見解を支持する。

「レフェリーの笛が結果に大きく関与した。ソシエダが1-0で勝っていた状況で、2回も正当ではないPKの笛を吹いたのだから」

1/2ページ

著者プロフィール

スペイン在住は四半世紀超え。1998年から通信員として情報発信を始め、スペインサッカーに関する取材、執筆、翻訳の仕事に従事してきた。2002年と06年のW杯、04年と08年のEUROなど国際大会も現地で取材。12年からFCバルセロナの公式サイト、ソーシャルメディアを担当する

新着記事

スポーツナビからのお知らせ

編集部ピックアップ

コラムランキング

おすすめ記事(Doスポーツ)

記事一覧

新着公式情報

公式情報一覧

日本オリンピック委員会公式サイト

JOC公式アカウント