福大大濠OBの牧隼利が伝えたい“戦術よりも大事なこと”…ウインターカップ伝説の名シーンも振り返る

福大大濠高から筑波大を経てBリーグ入りした牧隼利 【(C) B.LEAGUE】

『SoftBank ウインターカップ2024 令和6年度 第77回全国高等学校バスケットボール選手権大会』が12月23日に開幕。今年も全国から高校バスケの集大成に意気込む精鋭たちが東京体育館に集結する。今回は3年連続でウインターカップの舞台に立った経験を持つ牧隼利選手(福岡大学附属大濠高校OB/B1大阪エヴェッサ)にインタビュー。ウインターカップ優勝に届かなかった高校時代の経験を振り返りつつ、悲願の全国制覇を目指す“母校”福大大濠について語ってもらった。
(インタビュー=入江美紀雄、構成=藤田皓己)

特別なメインコート「夢のよう」

――牧選手は埼玉県出身ですが、どのような経緯で福大大濠に進学したのでしょうか。

 中学校は普通の公立校だったので、なかなか“全国”とか、そういうものに縁がなかったのですが、埼玉で全中(平成24年度全国中学校体育大会 第42回全国中学校バスケットボール大会)が開催され、僕もそういう舞台で戦いたいなと思いました。父の伝手で大濠の練習に参加させてもらって、「ぜひうちに」とチャンスをいただきました。自分の方から売り込んでいった感じですね。

――当時の福大大濠は1学年上に津山尚大選手(島根スサノオマジック)、2学年上には青木保憲選手(仙台89ERS)や杉浦佑成選手(横浜ビー・コルセアーズ)ら、そうそうたるメンバーでした。当時の思い出はありますか。

 圧倒されたというのが一つですけど、こういう方たちと日々バスケットボールをプレーできるというのが楽しみでしたし、実際に入ってもそうでした。思い切りよく大濠に進学して良かったなと今でも思います。

――世代トップクラスの有力選手が集う福大大濠で1年生からロスター入りしていましたが、ご自身ではどのように受け止めていましたか。

 これは今の自分に必要だなと思うことなのですが、そういう世界を知らなかったぶん、思い切りも良くて、積極性という点ではすごくあったと思います。そういうところを買ってもらえたのかなと思っています。

現在B1で活躍する青木、津山、杉浦 【(C) B.LEAGUE】

 当時の大濠は全国優勝から離れていたので、先輩たちの「日本一になりたい」という思いをすごく感じたし、そういう舞台に行くことで余計に難しさと厳しさを知ったな、という記憶があります。

――そんななか1年生で早速ウインターカップのコートに立ちました。

 夢のようですよね。特にメインコートになった瞬間に(雰囲気が)ガラッと変わりますし、ああいったたくさんのお客さんの中で試合をやれるということは、高校生にとって夢のある舞台だと思います。こんなこと言ったらあれですけど、2022年に東京体育館でBリーグファイナル(当時牧は琉球ゴールデンキングス所属)があったんですけど、正直ウインターカップの方が東京体育館の“雰囲気”が出るなって思っちゃいましたね(笑)。“東京体育館といえばウインターカップ”みたいなのはあると思います。

――下級生として挑んだウインターカップでは2年連続で八村塁選手を擁する明成高校(現仙台大学附属明成高校)と決勝で激突しました。もう11年前のことですが、当時の印象はありますか。

 こうして思い返すと結構前なんだなと思うんですけど…。 日々の大濠高校バスケットボール部の日本一に対する姿勢、片峯先生はじめ先輩たちの姿勢が本当に刺激になっていて、最後に勝てなかったときに「これでも勝てないんだ」みたいな厳しさを感じたことを覚えています。

牧vs八村「狙われていた」語り継がれる名場面

同世代でしのぎを削ってきた牧(左)と八村 【(C) B.LEAGUE , 伊藤大允】

――2年時には主力選手となりましたが、チームを引っ張るような感覚はあったのでしょうか。

 キャプテンの鳥羽(陽介)さんと津山さんに引っ張ってもらっていましたね。インターハイを優勝したとき、僕はU17日本代表(第3回FIBA U-17男子バスケットボール世界選手権大会)に選出されたので決勝戦に出られなかったんですよね。優劣をつけるわけではないですが、1年生のときにインターハイとウインターカップをどちらも経験させてもらって、やはり高校バスケはウインターカップで勝つことが一番だなというのを肌身で感じたので。(インターハイ優勝のときは)手放しで喜ぶというよりは「良かったね」という空気感だったのを覚えています。

――世代別代表も経験して臨んだ2年時のウインターカップ。二冠も期待されていた中、2年連続で明成高校との決勝でした。1年時と比べて変化はありましたか?

 明成が下級生チームということで、前半は僕たちがすごく押していたと思います。今思い返して記憶にあるのは、前半終了した後のミーティングで、決して僕たちは緩んでいなかったですけど、「本当にこれはいけるぞ」と思った記憶があります。

――接戦に持ち込まれた最終盤、牧選手がダンクを狙い八村選手がブロックした場面は大会のハイライトシーンにもなりました。

 そのシーンも結構覚えていますね。右足、左足で踏み切るんですけど、“左”のときに塁が構えているのが見えたのは、めっちゃ覚えていますね。そりゃそうなるわな…と思うんですけど(笑)。

――「追いつかれた」という感覚ですか。

 (ダンクに)いく前からもう狙われていたと思って、そこで一瞬ウッと思ってしまったのは覚えています。もっと思いきりいけたところ、横に構えている塁を見て「あ…」と思いました。中途半端な選択をしてしまったのかな、一瞬でも迷いがあったのかなと思ったりします。ほんのゼロコンマ何秒の世界なのかもしれないですけど、それは凄く記憶に残っていますし、悔やまれるところですよね。
 個人的には、その前にも2、3本シュートを外していた記憶があるんですよね。そこも悔しかったなと思うんですけど、そのときに片峯先生が、相手のゾーンプレスに対して「自信もって打ち抜け」と言ってくださっていたことを今でも覚えています。

――明成高校は優勝が決まり、珍しく感情を爆発させていました。

 最後の最後は戦術とかじゃないし、やっぱり気持ちだったり、自分たちの信じたことをいかにやり抜けるか。明成の三上(侑希/3x3 Huz HOKKAIDO)も全然シュートが入っていなかったですけど、佐藤久夫先生に「打て!打て!」と言われて打ち続けたら入ってくるわけですし。Bリーグでもそうですけど、戦術とかもすごく増えたりして、そちらに偏りがちになっている部分もあると思いますけど、バスケットの大事なところってそういうところにあるんじゃないかなと、今でも高校生の試合とかを見ると余計に思ったりします。

「涙も出てこないような…」残酷だった最後の全国

――高校最後の1年はインターハイ、ウインターカップともに初戦敗退でした。厳しい現実をどのように受け止めたのでしょうか。

 インターハイ…甘かったですよね。僕たちは先輩についていっていただけなんですけど、東京体育館のような舞台で試合をやらせてもらっていたぶん、何かそれが当たり前みたいな気持ちになっていたんじゃないかなと、大人になって余計に思います。
(ウインターカップ初戦敗退は)すごく残酷でしたし、それこそ涙も出てこないような、悔しいと感じる資格もないくらいに思いましたね。一発勝負で勝つ難しさというのも今になって余計に感じます。Bリーグは60試合あるので。シーズンを通してチームも成長していけるし、良い試合もあれば悪い試合もある。その点、一発勝負で勝つという勝負の厳しさ、難しさというのは教えてもらったなと思います。

福大大濠を指揮する片峯聡太コーチ 【(C) 佐々木啓次】

――当時、片峯先生にかけてもらった言葉は覚えていますか。

 「この負けた経験を次に生かさないと意味がない。バスケットにしろ何にしろ、自分たちの人生、これからそういったものをつなげていかないといけないよ」と、そういった趣旨の言葉をいただいたのは覚えています。僕はキャプテンもやらせてもらっていましたし、申し訳ない気持ちの方が大きかったなと思います。

――キャプテンとしての難しさもあったのではないでしょうか。

 僕はキャプテンをやると思っていなかったです。1年生のときは青木ヤスさんとか佑成さんとかに引っ張ってもらっていましたし、2年生になると津山さん、鳥羽さんとかについていっただけだったので。いざ引っ張る立場になったとき、3年生がどれだけ勝ちたいのか、どれだけ日本一になりたいのか、そこに対して厳しくやれるのかという点で、僕は本当に甘かったなと思います。

――福大大濠で片峯先生に最も教わったことは何でしょうか。

 人間力ですかね。バスケットに対する姿勢は、バスケットだけじゃなくてその前から始まっているよというところです。この間、大濠の試合を久しぶりに生で見させてもらったんですけど、大濠のバスケットにも感動しましたけど、片峯先生の声をかけるタイミングとか、怒るタイミングとか、そういうちょっとしたところ。ミスした後に戻らないとか、細かいですけど、態度とかプレーの後の切り返しとか、そういったことを徹底されているところを見て、大濠でバスケットができてよかったなと改めて思いました。

――牧選手にとってウインターカップはどのような大会でしたか。

 勝負の厳しさが詰まっている舞台だなと思います。そこには実力だけではなく、運であったり日頃の行いだったり、どこまで徹底してやれるか、そういったことが最後に全て出る場だなと思うので。東京で、お客さんがいる中で高校生が試合をできるという素敵な舞台である一方、残酷でもあるなとは思います。

――“バスケの神様”は見ていると感じますか。

 はい。勝つべくして勝つ、負けるべくして負けるということはあると思います。

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著者プロフィール

日本バスケを盛り上げよう! 2016年に生まれたプロバスケットボールリーグ、「Bリーグ」と時を同じくして立ち上がった、日本バスケの魅力を伝えるバスケットボール専門サイト。男女日本代表、NBA、高校バスケもアツくフォローしています。

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