9シーズン前の「奇跡の優勝」の余韻 三笘を愕然とさせたレスターの劇的な同点劇
レスターの同点ゴールが生まれたのは後半アディショナルタイム。勝利目前だったブライトンは終了間際の立て続けの失点で2点のリードを失った 【写真:ロイター/アフロ】
暴風雨のなか辿り着いたミラクル・レスターの街
ロシアのウクライナ侵攻のせいで中国以外の旅客機がロシア上空を飛べず、行きは10時間、帰りは11時間だった直行便の飛行時間が、それぞれ13時間半、15時間になったことも、帰国に二の足を踏んでいた理由だった。
しかしついに日本の地を踏んだ。九州生まれだが、幼稚園の時から暮らした東京で大勢の友人知人に会った。そこで口にするもの全てが驚くほど美味。近年はマシになったと言われる英国の食事情だが、母国のグルメはその数倍の速度で進化していたことを実感した。
思えば1990年代から英国暮らしをしていて、日本の急速に進んだ美食文化に立ち会っておらず、筆者の若い頃なら、きっと一部のエグゼクティブや口の肥えた政治家だけが高級料亭で味わっていたはずの美味と珍味が街に溢れていた。
素晴らしいと感動した反面、こんなにうまいものばかり食っていたら人間がやわになるのではないかと案じた。食欲がこんなに高度なレベルで満たされる日本人の将来はどうなるのか? 余計なお世話かもしれないが、こんなに美味しいものばかりに囲まれていたら、大抵のことは許せてしまうのではないだろうか。そんな美食文化の陰で、私利私欲に毒された政治家や世間の悪徳もおざなりにされてしまうのではないかと心配するのはいきすぎか。
というわけで3週間も休ませていただき、日本の罪深きレベルの美味を堪能して英国に帰ってきたら、嵐が待っていた。その名も『ストーム・ダラー』。この暴風雨の影響で、英国西部が麻痺した。筆者が住む北ウェールズも被害地域に入り、ブライトンがレスターの本拠地キングパワー・スタジアムに乗り込む12月8日(現地時間)の午前中、線路上に倒れた木々の処理のため、地元チェスターからターミナル駅のクルーまで南に下る路線が運休になった。
しかしタクシーを飛ばしてクルーに辿り着き、レスターに行った。あの街にはそうするだけの価値があるのだ。
チャンピオンシップ(英2部)に降格した昨季は訪れることができなかったが、ここは岡ちゃんこと、元日本代表FW岡崎慎司がかつて所属し、あの奇跡の優勝を果たしたミラクル・レスターの街である。筆者のプレミアリーグ取材人生のなかでも一際思い出深い場所なのだ。
当時の監督が岡崎に向けた心からの称賛
岡崎は2015-16シーズンのレスター優勝に大貢献。英国のフットボール史上に残る奇跡の戴冠だった 【写真:ロイター/アフロ】
記者室に入ると、阿部勇樹が所属していた2010年からレスターの広報官になり、現在はコミュニケーション部門の役員に出世したアンソニーが筆者を見つけて、満面の笑みで右手を差し出してきた。その手をしっかり握って握手を交わすと、「いつでも大歓迎だ」と言われた。
レスター優勝後、当時のブックメーカーがつけた5001分の1という優勝オッズをそのまま本のタイトルにしてベストセラーになった地元記者のロブは、「慎司は今どうしてる?」と真っ先に聞いてきた。「ドイツで監督になったよ」と告げると、「そうか。それはぜひとも取材に行きたいものだ」と言った。
あの本当に“奇跡”としか言いようがない優勝をともに体験したことで、筆者にとってレスターのスタッフ、関係者はまさに家族のような存在になった。
もちろんそれは我らが岡ちゃんが、自分が持つ全てを捧げて、あの優勝に貢献したからだ。そんな岡ちゃんが移籍を決めた時、短い付き合いだったにもかかわらず、当時のレスター監督だったブレンダン・ロジャースが「岡崎慎司は常にタンクを空っぽにする男。それが彼をあれだけ偉大な選手にした」と語った。
「タンクを空っぽにする」とは、英国で全力を出し尽くす人間を意味する表現だ。練習場で倒されて泥だらけになっても笑顔で立ち上がってきたという岡ちゃんにふさわしい、心からの称賛がこもったコメントだった。