世界女王・坂本花織、悪女を演じるフリー『シカゴ』 “CHANGE”しながら、五輪に“つなげる”今季に臨む

沢田聡子

苦手なルッツを2つ組み込むジャンプ構成

「まだまだやり込めていない」と振り返ったロンバルディア杯のフリー 【写真は共同】

 世界選手権3連覇中の坂本花織は、今季初戦・ロンバルディア杯(9月12~15日/現地時間、イタリア・ベルガモ)のショート当日、ミュージカル映画『シカゴ』を観たという。

「ロンバルディア杯・ショートの日がめっちゃ早く終わったので、その日の夜『暇やなあ』と思って、寝るまでの時間に『シカゴ』の映画を観て。字幕も英語だったので、大体の映像しか入ってこなかったんですけど、でも自分が思っていた物語と全然違ったので。でもそれを試合前に知れたのは、逆に良かったかなと」

 どんな物語を想像していたのかと問われると、坂本は「もっとハッピーだと思ってたんですよ」と答えた。

「(実際は)『全然ハッピーじゃなかったかも』と思って」

 坂本が今季フリーで滑るのは、『シカゴ』の冒頭を飾るナンバー『All That Jazz』である。1920年代のアメリカ・シカゴを舞台に、殺人犯となった2人の女性をめぐって展開する映画『シカゴ』には、退廃的な雰囲気が漂う。だがロンバルディア杯での坂本は、持ち前の健康的な雰囲気は保ちつつ、貫禄たっぷりに成熟した表現をみせた。滑りこなすには相応のキャリアを要するこの曲を選んだ振付師のマリー=フランス・デュブレイユ氏には、坂本なら演じ切れるという確信があったのだろう。

 今季の本格的な開幕を前にした9月30日、日本代表選手10名が出席して行われた記者会見で、坂本は今季のテーマとして「CHANGE」と記したボードを掲げた。

「一番わかりやすいCHANGEと言ったら、ジャンプの構成」と坂本は言う。昨季までのフリーの構成は、得意の3回転フリップを中心に組まれていた。最も高得点となるコンビネーションジャンプは3回転フリップ-3回転トウループで、3回転フリップ-2回転フリップも跳ぶ。一方、エッジエラーをとられることが多い3回転ルッツは、単独で跳ぶ1回のみ入れる構成だった。

 しかし、今季のフリーでは3回転ルッツを含むコンビネーションにもトライし、3回転ルッツを2回跳ぶ構成にしている。ロンバルディア杯では、2つ目のジャンプとして跳んだ3回転ルッツ-2回転トウループは成功させたものの、4つ目のジャンプである3回転ルッツでは、軽度のエッジエラーと4分の1回転不足をとられている。

 ただ初戦で大切なのは成否ではなく、挑戦であることは言うまでもない。坂本自身、「『まだまだやり込めていないな』というのが第一印象ですし、(プログラムが)最終的にできてから1カ月ちょっとだったので、まあ妥当な結果かなと思う」と冷静に振り返っていた。

 坂本が「CHANGE」をテーマに掲げるのは、今季が2026年ミラノ・コルティナダンペッツォ五輪のプレシーズンにあたるからだ。記者会見で、坂本は「自分ができるかもしれないと思っているからこそ、変えてみようかなと」構成変更の意図を語った。

「(オリンピックシーズンの)1年前ですけど、やってみてそれがもしいい方向にいったら、オリンピックシーズンに向けて選択肢が増えることにもなるので、やって損はない」

 記者会見後の囲み取材で、坂本はジャンプ構成の変更についてさらに説明した。

「フリップとトウループの構成で『ここまで点数が出る』 というのは、もうある程度把握できているので、『他の構成だったらどうなるのかな』という気持ちもあって。やっぱり今季しかチャレンジできないので、変えてみて『それでもし良かったらそのままいくし、駄目だったら戻そう』みたいな感じで。

 とりあえず選択肢は増やしておこうかなというのと、あとはやっぱり(ミスした場合の)リカバリーがなかなかできないということもあったので。(3回転)ルッツを2本にしてコンビネーションの可能性をちょっと増やせるようにした方が、コンビネーションをミスしてしまった時にリカバリーしやすいな、というのがあったので、それも含めて変えてみました」

 高難度ジャンプだけが進化する方法ではないことを熟知する坂本は、五輪プレシーズンである今季、彼女らしい挑み方をしているといえる。

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著者プロフィール

1972年埼玉県生まれ。早稲田大学第一文学部卒業後、出版社に勤めながら、97年にライターとして活動を始める。2004年からフリー。主に採点競技(アーティスティックスイミング等)やアイスホッケーを取材して雑誌やウェブに寄稿、現在に至る。

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