競技会さながらの「ドリーム・オン・アイス」 タンゴの名曲を選んだ坂本花織、静かな曲調でも魅せる技術を磨く鍵山優真

沢田聡子

鍵山の今季SPは、昨季FSを手がけたローリー・ニコル氏が振り付けた(写真は2024年世界選手権FS) 【写真:USA TODAY Sports/ロイター/アフロ】

坂本が目指す「指先からエネルギーが出るような表現」

 年度が変わる時期に開催される、日本代表エキシビション「ドリーム・オン・アイス」。選手が演技を披露する貴重な機会として2004年に始まり、21回目となる今回は、競技会に近い形式にリニューアルした。初日の6月28日、新プログラムのお披露目を楽しみにするファンが、今年もKOSÉ新横浜スケートセンターに集まった。

 女子シングルで世界選手権3連覇を果たした坂本花織は、タンゴの名曲『Resurreccion del Angel(天使の復活)/La muerte del Angel(天使の死)』(アストル・ピアソラ)を使う新ショートプログラムを披露した。

 振付は、坂本の2022-23シーズンのショートも手がけたロヒーン・ワード氏。その時使ったのはジャネット・ジャクソンのクールなナンバーだったが、今季坂本とワード氏が選んだのはタンゴである。坂本が選んだ3・4曲の中で、ワード氏と「好みが一致した」のがこの2曲だったという。

「タンゴは競技では初めてなので、それもオリンピックまでできる挑戦の一部かなと思います」

 坂本はそう語り、2026年ミラノ・コルティナダンペッツォ五輪に向かう思いをにじませた。今までショーで滑ったタンゴのプログラムは、坂本によれば「大まかな『大体タンゴ』みたいな感じ」なのだという。対して今回のショートでは、指先や視線、顔の使い方など細かい部分にも気を配って振付しているそうだ。

「しっとりと」滑る前半では、「(ミステリアスな女性を演じた)先シーズンのフリーで得た経験を生かせる」と坂本は言う。一方テンポが速くなる後半では、坂本の魅力であるスピード感を出したいと話した。

「指先からエネルギーが出るような表現ができたらいいなと思っている」

 そう口にする坂本は、過去にも難しいプログラムに臆せず取り組み、苦労しながらもシーズン終盤には仕上げ切る強さをみせてきた。今季も、世界選手権に向けて坂本にしか滑れないタンゴを創り上げていくだろう。

表現・ジャンプ構成の両面で挑戦する鍵山

 怪我のため出場した試合は全日本のみだった一昨季を経て、昨季は世界選手権で銀メダルを獲得し見事な復活を果たした鍵山優真も、今公演に参加した。今回滑った新ショート『The Sound of Silence』は、振付を手がけたローリー・ニコル氏が鍵山に寄せる期待を感じるプログラムだ。

 物悲しくも美しい旋律が続く『The Sound of Silence』は、鍵山の説明によると、ニコル氏が「ユウマの静かなエッジワークと、この曲が合うんじゃないか」として選んだという。その期待に応えようとする鍵山は、静かな曲調の前半でエッジの音を鳴らさないように「必死で頑張っている」と言う。「まだまだ気を抜くと、エッジがガリッと鳴っちゃったり」するというのだ。

「本当に前半は静かで、(観客には)目の前で僕のエッジの音が聞こえると思うんですけど…静かな曲なので、僕の技術で最大限魅せないとすごく平坦なプログラムにみえてしまうところがすごく難しい」

「そんなに複雑な動きというのは入っていないんですけど、でも逆にこういうシンプルな動きは、ちょっとでも雑にやるとすぐ分かりやすく目に見えてしまうので。そういう細かいところを、しっかり丁寧にいきたい」

 鍵山はそう語ったが、この日の演技は既に、ニコル氏が鍵山にこの曲を選んだ理由が分かる出来栄えになっていた。ジュニアの頃から鍵山の強みだった滑らかで氷に吸い付くようなスケーティングは、昨季指導陣に加わったカロリーナ・コストナーコーチの好影響もあってか、さらに磨きがかかりつつある。

 また鍵山は、ジャンプ構成でも挑む姿勢をみせた。初日から、昨季世界選手権のフリーで初めて成功させた4回転フリップを投入し、着氷させたのだ。試合に近い形での開催ということで「ここでしかできない挑戦」をした鍵山は、大きな収穫を手にした。

「今回(4回転)サルコウに加えて4回転フリップをやってみたんですけど、意外といけそうな感じで。結構手応えをしっかり感じたので、この構成でもいけるんじゃないかなという感じはありました」

 オフに入ってから、4回転はフリップのみならずルッツにも挑み、安定してきているという鍵山。「(4回転)フリップを公式戦のショートで入れるかは、まだ分からない」としているものの、本格的なシーズン開幕に向けて弾みをつけたことは間違いない。

 鍵山は、ゲストスケーターとして参加していた世界王者イリア・マリニン(アメリカ)や他のスケーターたちに演技を観られていることを「めちゃくちゃ意識しますね」と率直に語った。

「やっぱりマリニン選手がいたり、(2023年世界選手権銀メダリストのチャ・)ジュンファン選手がいたり、他の日本のトップスケーターと一緒に滑ることによって、みんなの今シーズンにかける本気というのが伝わってきたりとか、『僕も負けていられないな』という思いにすごくなりますし。今回ショーとはいえ、こういう試合の形でやらせていただいて、試合のようなウォーミングアップをして、試合のようなマインドで」

「例えば見ている人が全員点数をつけたら、しっかり100点以上出してもらえるようなパフォーマンスをするのが、このドリームの目標になっています。それがスタートになって、今シーズンもっともっといろいろ目標を立てて。世界選手権でももちろん優勝を狙っているので、ライバルたちに負けないように頑張りたいです」

「出場するすべての試合で優勝できるようなパフォーマンスができるように、頑張りたい」と意欲的な鍵山は、2024-25シーズンのスタートから猛烈なダッシュをみせている。

 今はまだ梅雨の時期だが、新たな形態で行われた「ドリーム・オン・アイス」には、本格的なシーズン開幕を見据えて準備を整えつつあるスケーターたちの姿があった。
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著者プロフィール

1972年埼玉県生まれ。早稲田大学第一文学部卒業後、出版社に勤めながら、97年にライターとして活動を始める。2004年からフリー。主に採点競技(アーティスティックスイミング等)やアイスホッケーを取材して雑誌やウェブに寄稿、現在に至る。

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