町田のピンチを救い、J1首位返り咲きに貢献 「奇跡の40歳」中島裕希が持つ価値

大島和人

中島は攻守両面で福岡戦の勝利に貢献した 【(C)FCMZ】

 FC町田ゼルビアは8月31日の第29節・浦和レッズ戦を2-2で引き分けた。8月の5試合を1勝3分け1敗で終え、勝ち点を十分に伸ばせなかった。一方サンフレッチェ広島は連勝を「7」まで伸ばして8月を締めている。町田は103日間守ったJ1の首位を広島に譲り、リーグ戦再開を迎えていた。

 しかも町田は9月4日のルヴァンカップ・アルビレックス新潟戦で0-5の大敗を喫している。代表組5名を欠き、前半途中から数的不利の戦いだったとはいえ、ショッキングな崩れ方だったことも間違いない。

 さらに9月14日の第30節・アビスパ福岡戦は藤尾翔太を出場停止、荒木駿太を負傷で欠いていた。他にもエリキ、ミッチェル・デュークと能力の高い選手はいるが、藤尾と荒木は「守備力」「献身性」で黒田剛監督の戦術にフィットしていた。福岡戦は町田がチーム状況、選手起用とも不安を抱えて臨んだ試合だった。

 試合中も特大のアクシデントがあった。開始早々の接触プレーでセンターバック(CB)の中山雄太が右膝付近を傷め、イブラヒム・ドレシェヴィッチ(愛称イボ)と負傷交代。加えて24分のセットプレーでもう一人のCB昌子源が痛み、脳震盪と思われる状態でピッチを去る。右サイドバック(SB)の望月ヘンリー海輝が、ドレシェヴィッチと「急造コンビ」を組むことになった。

不幸中の幸い

ドレシェヴィッチ(左)と望月(右)のコンビが無失点を保った 【(C)FCMZ】

 町田にとって、福岡は決して分がいい相手ではない。空中戦、球際といった強みは同等以上で、違いを出しにくい相手と言っていい。6月22日のホーム戦も、結果はスコアレスドローだった。しかしそんな難敵に対して、町田はCB二人が次々にピッチを去るアクシデントを乗り越え、3-0と完勝した。

 勝因の一つは急造CBコンビの奮闘だ。特にドレシェヴィッチのベンチ入りは、不幸中の幸いだった。黒田監督は試合後にこう明かしている。

「CBができる選手を2枚入れておいたことは、我々にとってラッキーでした。本来ならば1枚が妥当だと思いますけど、SBの疲弊を考えて(リザーブにCBとしても起用の可能な)ヘンリーを入れてありました。あとイボのお子さんが生まれました。1日前のトレーニングではおぼつかないところもあり、連れてこないことを考えました。だけど(子供が)生まれればやる気も出るだろうと入れたことが、本当に功を奏しました」

 望月はCBでの出場経験が大学時代も含めて通算6、7試合という右SB。ただし直近の日本代表合宿は、紅白戦で3バックの一角を経験していた。彼はこう口にする。

「すごい緊張感の中で、CBでプレーした(代表合宿の)経験が生きたのかなと思います」

 福岡は大型FWウェリントンをターゲットにしつつ、ロングボールを多用するチームだ。空中戦、スペースへのスプリントはその強みだが、守備側も「やること」をはっきりさせやすい。迷わなくていい状況が、試合の入りを容易にしたかなり大きな理由だ。スピード、高さに恵まれた望月はウェリントンと1対1で五分に渡り合い、さらにチームメイトがカバーに入ることで、その強みを出させなかった。

 もう一つ「声」もポイントだった。GK谷晃生はこう説明する。

「ずっと自分が声をかけ続けるだけでなく、本人にも声をかけさせるようにしました。自分から声を発することでゲームに入れたと思います」

前線守備でチームを引っ張った中島

藤本一輝(右)の先制点は中島のアシストだった 【(C)FCMZ】

 前線は中島裕希が藤尾、荒木の不在を完全に埋めた。攻撃では相手CBの脇やサイドのスペースをスプリントでかき回し、チャンスメイクに貢献。ロングスローから生まれた51分の先制点は、ヘディングで藤本一輝の先制点をアシストしている。

 攻撃以上に彼の真価が出たのは前線守備だった。中島は献身的にプレーするだけでなく、いつ、どの方向にプレスをかけるかといった状況判断がいい。周りの選手が連動しやすいような守備のアクションを起こせる。

 藤本は言う。

「40歳とは思えないプレーをしていました。プレスのスイッチをしっかり裕希くんが入れてくれるから、自分は連動するだけでいい。チームとして裕希くんを軸にやれていました」

 黒田監督もベテランの働きをこう称えていた。

「過去には福岡キラーと言われた男だと聞いていますけれど、ルヴァンの新潟戦から、かなり彼の調子が前向きになっていました。40歳でありながら前で規制をかけ続けられる、身体を張り続けられる選手です。あの身長(175センチ)で、ヘディングで勝つこともあります。今まで我々に足りなかったものというものを彼が証明してくれたし、“勇気”をもらった選手も多くいたと思います。今の苦しい時期を、彼が本当に支えてくれて、感謝しています。残り9節で、彼の存在がゼルビアにいい息を吹きかけてくれました」

 中島本人はこう振り返る。

「(黒田監督から)『福岡キラーなんだろう?』とすごい煽りがありました(笑)。我慢比べと言うか、相手も蹴ってきたので、(オ・)セフンの周りでセカンドを拾ってチャンスが作れればと思っていました。決められなかったですけど、固くしっかり守って貢献できて良かったです」

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著者プロフィール

1976年に神奈川県で出生し、育ちは埼玉。現在は東京都北区に在住する。早稲田大在学中にテレビ局のリサーチャーとしてスポーツ報道の現場に足を踏み入れ、世界中のスポーツと接する機会を得た。卒業後は損害保険会社、調査会社などの勤務を経て、2010年からライター活動を開始。取材対象はバスケットボールやサッカー、野球、ラグビー、ハンドボールと幅広い。2021年1月『B.LEAGUE誕生 日本スポーツビジネス秘史』を上梓。

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