町田のピンチを救い、J1首位返り咲きに貢献 「奇跡の40歳」中島裕希が持つ価値

大島和人

背中で引っ張るベテランが持つ価値

中島は練習から若手のお手本となっている 【(C)FCMZ】

 中島は2016年に町田がJ2に復帰したタイミングで、このクラブへ加わった。同シーズンから3季連続で二桁得点を記録するなど、まだJ2の中でも「スモールクラブ」だったチームを支えた。在籍は9シーズン連続で、このクラブの最古参だ。

 2017年4月8日の福岡戦は「出場8分間でハットトリック」という驚異的なプレーを見せ、数的不利下の逆転を演出した。彼が「アビスパキラー」と言われるきっかけになった試合だ。

 もっとも30代後半を迎えると得点と出場時間が減り、特に今季は超強力なライバルとポジションを争っている。韓国代表のオ・セフン、オーストラリア代表のデューク、U-23日本代表の藤尾、昨季のJ2 MVPエリキが同じポジションにいるのだから、出番が減るのは当然でもある。

 それでも中島はチームの戦力だ。シャイで控えめな彼は言葉で多くを伝えるタイプではない。しかし試合に出られなくてもベンチに入れなくてもモチベーションを落とさず、練習から全力を尽くせる男だ。だから15歳下のチームメイトから「裕希くん」と親しまれるような関係性は持ちつつ、尊敬を集められる。

 どんなスポーツでも「背中で引っ張れる」「お手本になれる」ベテランは必要不可欠だ。試合に出ても、中島は若手並みに走る。Jリーグ公式サイトに掲載されたデータによると、福岡戦で彼が記録した総走行距離は74分で8.017キロメートルと高水準。スプリントの本数14本も藤本(16本)、ナサンホ(15本)らサイドハーフと並ぶ数字だった。

 40歳が日々全力を尽くす様子を見て、20代の若者たちが手を抜けるはずもない。

日常が生んだ奇跡

中島の活躍は間違いなくチームを勢いづける 【(C)FCMZ】

 2023年の町田は左SBの太田宏介(昨季限りで引退)が終盤戦に5試合連続の先発出場を果たし、J2優勝とJ1昇格に貢献した。「ベテランがピンチを救い、チームを勢いづける」という意味では、今季の中島は太田と被る部分もある。

 J1で快進撃を見せる町田が「いずれ減速する」と思っていたサッカーファンは多いだろう。ただ黒田剛監督が率いる町田は、昨季からしぶとさが持ち味になっていた。一つ負けても連敗しない。誰かが欠場したとき、代役に抜擢された選手が活躍をする――。そんな現象がこのクラブではよく起こっている。

 もっともそれは「ピンチになったとき」「試合に出たとき」だけ頑張っているという意味でない。日々の練習から全力を尽くし、試合から離れている選手も同じ緊張感で取り組んでいるからこそ、町田は誰が出ても崩れない。そんなチームカルチャーを長く支え、象徴する存在が中島だ。

 J1から9年遠ざかっていた、今季2試合目の出場となる40歳が「J1首位のFW」として十分な貢献を見せた。それは明らかに奇跡的な出来事だ。その奇跡は日常の地道な取り組みから生まれている。

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著者プロフィール

1976年に神奈川県で出生し、育ちは埼玉。現在は東京都北区に在住する。早稲田大在学中にテレビ局のリサーチャーとしてスポーツ報道の現場に足を踏み入れ、世界中のスポーツと接する機会を得た。卒業後は損害保険会社、調査会社などの勤務を経て、2010年からライター活動を開始。取材対象はバスケットボールやサッカー、野球、ラグビー、ハンドボールと幅広い。2021年1月『B.LEAGUE誕生 日本スポーツビジネス秘史』を上梓。

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