【月1連載】ブンデス日本人選手の密着記

痛恨のミスにも前を向くチェイス・アンリ 「壁にぶつかったほうが面白い」と豪語する20歳のすごみ

林遼平

フライブルクとの開幕戦で途中出場からブンデスデビューを飾ったチェイスは、翌2節のマインツ戦で初先発。トップレベルでも球際や空中戦の強さを証明した 【写真は共同】

 堂安律、板倉滉、伊藤洋輝ら日本代表の主力クラスを筆頭に、2024-25シーズンも多くの日本人プレーヤーが在籍するドイツ・ブンデスリーガ。彼らの奮闘ぶりを、現地在住のライター・林遼平氏が伝える月1回の連載が、この「ブンデス日本人選手の密着記」だ。第1回目に取り上げるのは、高校卒業後の2022年に単身ドイツに渡り、今季の開幕戦でブンデスデビューを飾ったシュツットガルトのチェイス・アンリ。セカンドチームでのプレーも取材してきた著者だけが知る、20歳の俊英の変化とは──。

開幕2週間前はもう無理だと思っていた

 8月24日、ブンデスリーガ開幕節マインツ対ウニオン・ベルリン戦の取材を終えた帰り道、スマートフォンを開いて他会場の結果を調べていると、驚きの文言が飛び込んできた。

「チェイス・アンリがブンデスデビューを飾る」

 最初は誰か退場者が出たのかと疑った。シュツットガルトのディフェンスラインに怪我人が続出していたこともあり、チェイスがフライブルクとの開幕戦でベンチ入りする情報はつかんでいたが、開幕前のプレシーズンマッチなどを見ても日本でのツアー以外はトップでの出場機会はなし。昨季と同じくセカンドチームが主戦場になると予想していたため、ベンチに入ったとしても出場するとは思えなかったからだ。

 だが、携帯をさらにスライドしてみると、いわゆる戦術的交代で途中出場からデビューを果たしたという。そんなことがあれば、何があったのかを知りたくなるもの。次の試合、会場に足を運ぶのは当然だった。

 迎えた第2節はさらにビックリした。カップ戦(DFBカップのプロイセン・ミュンスター戦/5-0で勝利)でスタメン起用されると、ホームでのマインツ戦でも引き続き最終ラインの一角に入ったのだ。昨季ブンデスリーガ2位のシュツットガルトで、20歳の日本人センターバックが先発出場する。類を見ない出来事にワクワク感が高まっていた。

 そしてこの日、センターバックの右に入ったチェイスは堂々たるプレーを見せる。ロングボールが上がれば、セバスティアン・へーネス監督も絶賛する空中戦の強さを披露。31分には佐野海舟の縦パスに対して鋭い寄せとフィジカルの強さでボールを奪い切り、自ら運んでサイドに展開する積極性も出した。フィジカルバトルを好むお国柄もあり、対人戦でのボール奪取には何度もスタンドから拍手が送られ、上々の前半を過ごすことになった。

「僕が一番ビックリしています。こんなに早く出られるとは思っていなかった。開幕の2週間前はもう無理だと思っていたのに、そんなにすぐ状況が変わるんだなと。でも、サッカーは本当に難しいですね」

 開幕戦でのブンデスリーガデビューにはチェイスも驚いていたという。そこからとんとん拍子でスタメン出場までたどり着いたのだから、自信も日に日に高まっていたのは間違いない。良い緊張感を持って堂々とプレーする姿には、昨年12月にセカンドチームの試合を取材した時のぎこちない印象から、確かな変化が感じられた。

 特に進化を遂げていたのは、ビルドアップとポジショニングだ。セカンドチームでのプレーでは、ボールの動かし方や立ち位置に戸惑う場面が多かった。本人も「いいところにいないと(相手に)すぐにボールに触られてしまうし、カウンターを止めるためにはいいポジションにいないといけない」と課題を挙げていたが、そこにしっかりとフォーカスしてきたのだろう。的確にボールを捌きながら、カウンター阻止のためにチェイシングする。そのバランスが格段に良くなっていた。

 多くの観客で埋まったスタジアムで、それを平然とやってのける姿に興奮を覚え、思わず知り合いの記者にLINEを送ってしまったほどである。

あそこに出すのならクリアすれば良かった

マインツ戦の後半に失点に関与してうなだれるチェイス。あらためてサッカーの厳しさを知り、試合後のコメントからも悔しさがにじみ出た 【写真は共同】

 ただ、ブンデスリーガはそんなに簡単な舞台ではなかった。これまで数多くの日本人選手が挑戦し、夢をつかむ選手もいれば、夢破れる選手もいた。それほど過酷な世界であることを忘れていたわけではないが、マインツ戦の後半を見て、あらためてその事実を思い知ることになる。

 痛恨のミスを犯したのは62分だった。ルーズボールを拾ったチェイスは近い味方への縦パスを選択したが、これに仲間が反応できず、そこからボールを奪われてカウンターを発動される。最終的には左サイドからのクロスをジョナタン・ブルカントにヘディングで決められ、シュツットガルトは2-2の同点に追いつかれた。

 さらに3-2と再びリードして迎えた後半アディショナルタイムにも、チェイスはスペースケアを怠って失点に関与。前半とは打って変わって厳しいパフォーマンスになったと言わざるを得なかった。

 天国から地獄へ――。サッカーの厳しさを感じる瞬間に、20歳のセンターバックは何を思ったのか。率直に聞いてみることにした。

「やはり最初の1、2試合は良かったけど、3試合目はそこまでうまくいかないですよね。そこまでサッカーは甘くないというか……。そんなにパンパンパンといいプレーをしてしまったら僕の成長にもならない。逆にこれで良かったかなと思います。悔しいですけど」

 いつも明るく対応してくれるチェイスだが、この日ばかりは違った。前を向こうとするが言葉の端々に悔しさがにじみ出ていた。

「(パスミスの場面について)いま感じるのは、あそこに出すんだったら普通にクリアすれば良かったなと思います。難しいっす。もちろん(失点に関与することの多い)センターバックのポジションでもあるし、一番若いから一番言われる。そこは経験を積み重ねていくしかないですかね」

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著者プロフィール

1987年生まれ、埼玉県出身。2012年のロンドン五輪を現地で観戦したことで、よりスポーツの奥深さにハマることに。帰国後、サッカー専門新聞『エル・ゴラッソ』の川崎フロンターレ、湘南ベルマーレ、東京ヴェルディ担当を歴任。現在はフリーランスとして各社スポーツ媒体などに寄稿している。2023年5月からドイツ生活を開始

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