全米で復帰後“ベストマッチ”を披露した大坂なおみ アジアシリーズでの「最後の抵抗」に期待感

秋山英宏

全米オープン2回戦で敗退した大坂なおみ。今季の4大大会は苦戦が続くも、敗戦から学ぼうという前向きな姿勢は以前とは別人のようだ 【Photo by Robert Prange/Getty Images】

全米は自信を取り戻すための大会

 勝負の神様はずいぶん厳しい試練を与えるものだ。昨夏の出産を経てカムバックした今季、大坂なおみは四大大会でことごとく早いラウンドで実力者に当たり、勝ち上がりを阻まれた。

 2022年全米オープン以来の四大大会出場となった1月の全豪では、1回戦で世界ランキング自己最高4位のカロリーヌ・ガルシア(フランス)に敗れた。5月下旬に開幕した全仏2回戦で大坂の行く手を阻んだのは、女王イガ・シフィオンテク(ポーランド)だった。7月のウィンブルドンでは今季絶好調の世界17位(当時)、エマ・ナバーロ(米国)に2回戦で完敗した。

 四大大会以外でも、パリ五輪の1回戦では元1位のアンゲリク・ケルバー(ドイツ)に敗れた。ケルバーは引退を表明しており、最後の舞台に選んだのがパリ五輪だった。

 選手の自信は勝ち星によって確かなものになる。だが、ドロー運の悪さにも邪魔されて、「良薬」はなかなか手に入らなかった。

 全米オープンは18年、20年と2度栄冠を手にした相性の良い大会だ。大坂は開幕前にこう話した。

「この1年、本当に厳しい試合が続き、少し自信を失ってしまったような気がする。悪いテニスをしたとは言わない。ただ、本当に優れた選手と対戦し、多くのことを学んだとだけ言っておきたい」

 選手は敗戦から学ぶと言われるが、学ぶだけのシーズンになりつつあった。調子そのものは悪くない。高いレベルで練習できていると感じている。ところが、試合でそのレベルが維持できないという。

 この全米は、自信を取り戻すための大会になるはずだった。

「そろそろシーズンも終盤なので、全米オープンとアジアシリーズで、最後の抵抗をしようと自分に言い聞かせている。締め切りが迫っていて、それまでにやり遂げるために、真夜中に必死に頑張っているような感じかな」

 独特の表現で大坂は意気込みを語った。なんとか浮上のきっかけをつかみたい。その一心だった。

1回戦で復帰後のベストマッチを披露

1回戦では実力者のエレナ・オスタペンコを相手に経験を生かした戦いでストレート勝ちをおさめた 【Photo by Robert Prange/Getty Images】

 現地時間8月27日行われた1回戦の相手は、世界10位のエレナ・オスタペンコ(ラトビア)だった。17年全仏で、センセーショナルな初優勝を飾った天才肌。またも大会序盤での実力者との対戦だ。

 だが、大坂はこの璧を乗り越える。相手の実力はよく分かっている。だからこそ、勝たなくてはならないというような邪念や重圧を捨てることができた。

「いいプレーをする以外に選択肢はない。すると、自分自身への期待やプレッシャーがすべて取り除かれる。勝っても負けても、何があっても本当に素晴らしいテニスができる。シード選手、最高の選手と対戦するときはいつも、そういう考え方で臨む」

 この心構えがストレート勝ちにつながった。大坂は自分への期待と格闘しながらキャリアを重ねてきた。その経験と、難敵に苦闘を強いられた今季の学びを一つに結びつけ、完璧なマインドセットで試合に臨んだことが功を奏した。

 戦術面でも、経験を生かした。オスタペンコには一発で仕留めるだけのショットの質の高さがあるが、プレーの出来にムラがある。その弱点をうまくついた。

 第1セット、大坂のアンフォーストエラー、すなわち、相手に強いられたものではない、自分から犯したミスは1本もなかった。どんなレベルの試合でも、「0」はなかなか見ないスタッツだ。いわゆる置きにいくショットではなく、ボールの質を保ちつつ、リスクを冒さず打っていった結果だ。

 この堅実さが相手の攻撃を狂わせた。オスタペンコのミスは、自分からのミスと大坂に強いられたものを合わせて42本まで増えた。試合後、大坂が戦術を明かした。

「彼女が最高の攻撃的プレーヤーの1人と分かっていたから、彼女にその余地を与えたくなかった。だから、体重を乗せて速いボールを打って、彼女にエラーさせようとした」

 以前の大坂は、相手の粘りに根負けし、ミスを重ねるケースが少なくなかった。ところがこの試合では、立場を入れ替え、相手のミスを引き出したのだ。

 あるゆる点で完璧だった。年頭にツアー復帰してからのベストマッチだろう。

 記者会見で「復帰して8カ月積み上げてきたもののうち、今日のような試合を可能にするためにカギになったものは」と聞かれると、こう答えた。

「間違いなく、経験だと思う。結果はそれほどよくなかったけれど、それぞれの試合から何かを引き出すことができた。大変な努力だったし、たくさんの夢や願いがあった。これを続けられたらいいなと思う」

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著者プロフィール

テニスライターとして雑誌、新聞、通信社で執筆。国内外の大会を現地で取材する。四大大会初取材は1989年ウィンブルドン。『頂点への道』(文藝春秋)は錦織圭との共著。日本テニス協会の委嘱で広報部副部長を務める。

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