錦織圭がつかんだ小さな自信「もうちょっと我慢」 ウィンブルドン1回戦敗退も、巻き返しの準備は整いつつある

秋山英宏

錦織は調整不足が勝負どころで響き、初戦突破とはならなかった 【Photo by Shi Tang/Getty Images】

勝利を意識した終盤に失速

「今、もうちょっと我慢かなと思います」

 ウィンブルドン1回戦で世界ランキング76位のアルトゥール・ランデルクネク(フランス)に敗れた錦織圭は、こんな言葉で記者会見を終えた。

 前哨戦のロスシー・イーストボーン国際の開幕前に右足を捻挫し、出場を断念。ウィンブルドンに向けての調整もままならなかった。ぎりぎりまで様子を見て、最終的に出場を決めたのは1回戦が行われる前日だった。完治には時間が足りず、痛み止めを飲んで試合に臨んだ。序盤はショットが好調だった。いい具合に力が抜けて、すごい勢いでボールが飛び出していく。しかも、狙いと寸分たがわずに。「打ったら入るっていう、自分でもちょっとびっくりするぐらいな感覚」だった。

 だが、好調は続かなかった。第1セットは取ったが、次のセットを奪われた。第3セット序盤に日没順延になったが、翌日の再開後も同じパターン。第3セットを取って2-1と王手をかけながら、次のセットを落とす。次第にミスでポイントを失う場面が増え、歯車が大きく狂っていく。第5セット終盤は「ちょっと怖気づいたところもあり」、プレーに迫力を欠いた。競り合いにめっぽう強く、現役男子選手最高の「最終セット勝率」を誇る錦織だが、その強みを見せることはできなかった。

 調整不足は明らかだったが、「(自分への)期待がほぼなかった」ことが幸いして、力みが消えてスムーズにラケットが振れた。しかし、先行したことで肩に力が入った。「勝ちが見えたんですかね、ちょっと打てなくなってしまった」と錦織。期待が芽生えたことで、それまでできていた自然で軽快なプレーが失われた。

 リードしたにもかかわらず、「打てなくなる」――。理解に苦しむ向きもあろうが、百戦錬磨で、集中力の高さと精神力に定評のある錦織にして、ときにそうなる場合がある。選手とはそれほど繊細な生き物だ。痛かったのが芝での調整不足だ。十分に練習していない分、狂った歯車を戻す具体的な手段が見えてこなかった。

「もうちょっと芝でのプレーが練習できていれば、というのはもちろんありました。練習できていたとしても、試合にまだそんなに勝ってないので」

 自信は、練習と実戦の結果に裏打ちされて初めて確かなものになる。今回の錦織にはそれが欠けていた。ショットが好調でも、自信が揺らげば勝利は逃げていく。これはそういう試合だった。

出場したからこそ得られた収穫

ひざや肩の痛みが癒えていることも明るい材料の一つだ 【Photo by Clive Brunskill/Getty Images】

 錦織自身、敗因はよく分かっているはずだ。だから、今後、実戦の機会が増えることを切望するのだ。

「たくさん試合ができればいいかなっていう。50位以内の選手に、もうちょっとしぶとくプレーができるようになればいい。テニスの感覚は悪くないので、細かい部分が身に付いてくれば調子は戻ってくると思う」

 持てる力を発揮できなかったことで表情は曇っていたが、このチャレンジを続けていくしかないことは本人がよく分かっている。そう考えれば、出場に踏み切ったのは正解だった。初戦敗退は痛かったが、ショットの好感触、「自分でもびっくりするくらいの感覚」を味わえたのはよかった。出場したからこそ、「技術も衰えていない」と自信が持てた。

 長期離脱の原因となった左ひざや、3月に痛めた右肩はほぼ完治し、「あんまりそこの心配がなくなったのはすごい大きい」と錦織。ウィンブルドンの一つ前の四大大会、全仏オープンではまだ右肩痛をかかえていたが、1回戦でカナダのガブリエル・ジャロに競り勝った。四大大会では21年の全米2回戦以来の勝利となり、「勝利もそうだが、プレーが戻ってきたのが一番うれしい」と喜んだ。当時世界ランク15位のベン・シェルトン(アメリカ)に挑んだ2回戦は、右肩の痛みが増して途中棄権となったが、「(ベースラインの打ち合いでは)五分五分か、まだまだ戦えるなっていうところにはいた」と小さな自信を得た。

 もちろん、トップに戻る道のりの険しさは覚悟している。男子ツアーの急激なレベルアップを実感するからだ。

「周りの選手の強さも確実に上がっている。100位以内の選手には簡単には勝てなくなってきているというのは、トップの選手も全員言っていることだし、自分も感じる。そこのタフさは(以前と)違う」

 一方で、台頭する若手の波にのまれまいと、必死に抵抗する30代の選手たちの頑張りに、同年代の錦織も励まされているという。

「同世代のミロシュ・ラオニッチ(カナダ)、マリン・チリッチ(クロアチア)とかガエル・モンフィス(フランス)もそうですし、スタン・ワウリンカ(スイス)とアンディ・マリー(イギリス)がまだ頑張っていたり」

 コンディションは万全でなかったが、全仏とウィンブルドンに参戦したことで、新世代と旧世代が激しく競う戦いの場にいる、ツアーの一員として勝負できているという実感は残っただろう。

「こうやって出続けてることで、ふいにパッと(好調時に)戻れたりすると思う。この大舞台で少しでも勝てるようにできれば、早くトップに、まずは100位とかに戻ってこれるかなと」

 ウィンブルドン開幕前のコメントだが、今も気持ちは同じだろう。希望があるから、冒頭で記した「もうちょっと我慢」の言葉が出てくるのだ。我慢しながら、まずはコンディションを上げていきたい。巻き返しの準備は整いつつある。あとは小さな勝利を積み重ねていくだけだ。
  • 前へ
  • 1
  • 次へ

1/1ページ

著者プロフィール

テニスライターとして雑誌、新聞、通信社で執筆。国内外の大会を現地で取材する。四大大会初取材は1989年ウィンブルドン。『頂点への道』(文藝春秋)は錦織圭との共著。日本テニス協会の委嘱で広報部副部長を務める。

新着記事

編集部ピックアップ

コラムランキング

おすすめ記事(Doスポーツ)

記事一覧

新着公式情報

公式情報一覧

日本オリンピック委員会公式サイト

JOC公式アカウント