F1オランダGPでノリス圧勝! マクラーレンの躍進を支える日本人エンジニア
波乱の転職人生
ブリヂストン時代の今井(左)。右端はブリヂストンからフェラーリに移籍した浜島裕英 【©柴田久仁夫】
「こっちは個人主義というか、その人に任せると決めたら徹底的に信頼してくれる。そして雑事に惑わされず、集中的に仕事ができる。目的に向かって何がベストか、追求する日々でした。その充実感を再び味わうには、ヨーロッパという舞台に出て行くしかないと思いました」
今井は当時のホンダF1チームへの転職を決め、フェラーリ時代から面識のあったロス・ブラウン代表からは、「タイヤ担当エンジニアだけでなく、足回りや運動性能の解析まで含めた役割を期待された」という。ところが契約も済ませ、労働ビザも下り、あとは渡英するだけというタイミングで、リーマンショックが襲来。ホンダはF1撤退を決めてしまう。
「ロスから夜中に電話がかかってきたのは、日本を発つ4日ほど前でした」。チームはブラウンGPとして再出発したが、大規模リストラが断行され、今井が加入する余地はなかった。普通なら途方に暮れるところだが、「今井というタイヤスペシャリストがフリーになっている」という情報はF1業界にすでに知れ渡り、ロスの口添えもあって、マクラーレンとの面接にこぎつけた。採用は即決だった。
「確かに勝てるのは嬉しいです。でも私自身は以前と同じ」
夏休みで一時帰国中の今井エンジニア(左)。FIA F2選手権に参戦当時、「お世話になりっぱなしでした」と語る松下信治と 【©柴田久仁夫】
ちなみにステラ代表はマクラーレンに移籍する前は、フェラーリでキミ・ライコネン、次いでフェルナンド・アロンソのレースエンジニアを務めてきた。2015年、アロンソと共にマクラーレンに移り、レーシングディレクターに。そして昨シーズンから、チーム代表に就任した。
ステラの加入したマクラーレン・ホンダ時代、チームは表彰台どころか入賞もままならない長い低迷期に入っていた。その時期にインタビューした際の今井は、「もちろん成績が上向くに越したことはありません。しかしどんな状況でも、粛々と自分のやるべきことをやるだけですよ」と、語っていた。
ステラもそんな今井の人柄に、厚い信頼を置いていたようだ。2022年末にアンドレアス・ザイドル前代表が突然辞任し、後任を依頼された際、「私がチーム代表としてやって行けるだろうか」と、真っ先に相談したのが今井だったという。
そして就任2年目の今季、ステラ率いるマクラーレンはどのレースでも優勝を狙える強さを発揮するまで復活してきた。
夏休みで一時帰国していた今井と、食事を共にした時のこと。「とうとうタイトルを狙える位置まで来ましたね」と話しかけてみた。すると今井は「確かに勝てるのは嬉しいです。でも私自身は以前と同じで、自分の仕事をしっかりやるだけですよ」と、少しニヤリとしながら答えたのだった。
(文中敬称略)