阿部一二三はどう「試練」を乗り越えたのか? 2大会連続金メダルを支えた駆け引きとマインド

大島和人

「追われる立場」の中で

阿部は「技の美しさ」の持ち主でもある 【写真は共同】

 無責任な他人の目から見れば一二三は優勝候補の筆頭で、「勝って当然」の存在だった。彼ほどの技術と精神力を持つアスリートにとっても、それは苦しいシチュエーションだ。

「練習、トレーニングをしてもしても不安でした。『大丈夫かな?』『強くなってるのかな?』といつも思っていました。それがやっと報われたのかなと思います。東京のときは挑戦者で“夢を叶える舞台”でした。このオリンピックは追われる立場として、2連覇を期待される、2連覇を達成しないといけないことが、大きなプレッシャーでした。でもそれを本当に自分の気持ちで、はねのけられました」

 トップアスリートにとって、現状維持は退歩だ。相手は王者に対してモチベーションを上げ、徹底的に研究して挑んでくる。「敵が増える」わけで、その挑戦を受け止めることは大変な取り組みだ。

 日本代表男子の鈴木監督は2004年アテネ五輪の100キロ超級を制した金メダリストだが、北京五輪は早々に敗れた経験を持つ。

「2連覇に向けて心作り、体作りをして、技術的にも進化をしなければいけません。これが自分はできませんでしたけど、一二三はできた。大きな要因は妹の存在もあるでしょうし、自分自身のモチベーションをさらに高く持っていく柔道に対してのストイックさです」

 その成長を支えるマインドについて、鈴木監督はこう称賛する。

「強くなったというよりは、強くなり続けていると思います。東京の金メダルから、世界選手権を経て、1回も負けていないとか、兄妹で2連覇とか、プレッシャーのかかる条件が揃っていたわけです。彼は跳ね除けるのでなく、受け入れているのではないですかね。それを嫌がるところを、僕はあまり見たことがないです。プレッシャーがかかるほど、力を発揮できる選手なのかなとは思います」

兄妹で目指すロサンゼルス五輪の金

妹の辛い敗戦も、兄はエネルギーに変えようとしている 【写真は共同】

 フランスは柔道の競技人口が世界一で、文化や「エンターテインメント」としても日本以上の広がりを感じる社会だ。街を歩けば聖火リレーの最終走者を務めたテディ・リネールら柔道家のビジュアルをよく見るし、柔道会場の演出と熱気もライブ会場やNBAの試合を思わせる華やかさだった。

 柔道王国の目の肥えた観客から阿部兄妹はフランス人選手に次ぐ声援を受け、「ヒフミ(イフミ)コール」にもフランス人の観客は参加していた。一二三はそんな環境を堪能していた。

「優勝して顔を上げて、360度を見渡したとき、全員が祝福してくれていました。東京は無観客でしたから『これがオリンピックなんだ』と思いました」

 26歳の阿部一二三はさらに実力を伸ばし、「世界のレジェンド」の一員となり得る存在だ。五輪連覇という結果はもちろんだが、彼には試合内容、発信と振る舞い、技の美しさなどの柔道家としてのプラスアルファがある。

 妹が金メダルを逃した時点で、最高のオリンピックとはならなかった。しかし兄は妹の敗戦を次へのエネルギーに変えようとしている。

「僕が駄目なときに、妹の頑張っている姿を見て『負けられないな』と思いました。兄としてはもう一度同じ舞台に立って、一緒に金メダルを取りたいなという気持ちです。兄妹で(2028年の)ロスで金メダルを取るために、ここからもっと詩は練習をして、試練を乗り越えていくと思います。兄妹で切磋琢磨をしてやっていきたいです」

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著者プロフィール

1976年に神奈川県で出生し、育ちは埼玉。現在は東京都北区に在住する。早稲田大在学中にテレビ局のリサーチャーとしてスポーツ報道の現場に足を踏み入れ、世界中のスポーツと接する機会を得た。卒業後は損害保険会社、調査会社などの勤務を経て、2010年からライター活動を開始。取材対象はバスケットボールやサッカー、野球、ラグビー、ハンドボールと幅広い。2021年1月『B.LEAGUE誕生 日本スポーツビジネス秘史』を上梓。

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