阿部一二三はどう「試練」を乗り越えたのか? 2大会連続金メダルを支えた駆け引きとマインド
阿部一二三は男子66キロ級の連覇を決めた 【写真は共同】
結果を先に書くと、26歳の兄・一二三は金メダルを獲得し、24歳の妹・詩は2回戦で敗退している。詩が敗れたディヨラ・ケルディヨロワ(ウズベキスタン)は最終的にこの大会を制する実力者だったのだが、とはいえ詩が敗者復活戦にも参加できず大会を去る結末はおそらく誰にも予想し得ないものだった。
兄は妹の敗戦に奮起した。2回戦から登場した一二三はベンツェ・ポングラツ(ハンガリー)を1本で破ると、準々決勝でヌラリ・エモマリ(タジキスタン)、準決勝でデニス・ビエル(モルドバ)、決勝はウィリアン・リマ(ブラジル)を下して日本人柔道家として8人目となる五輪連覇の達成者となっている。
「泣くのは今じゃない」
兄はこう振り返る。
「(詩選手の敗戦を)アップ会場のモニターで見たんですけど、最初は信じられませんでした。僕自身も苦しかったし、悔しかったし、いろいろな感情がありました。ただそれ以上に僕が金メダルを取らなくて誰が取るのか……と。妹の分まで、妹の思いも背負って、最後まで戦い抜く覚悟を決めました」
そのとき一二三の近くにいた日本代表男子の鈴木桂治監督は当時の様子をこう述べる。
「一緒に詩選手の映像をモニターで見ていて、負けたときはアップ場が『ワーッ』となっていました。でも一二三は負けたらすぐにパッと動きを切り替えて、畳の方に上がっていったんです。全く顔は変わってなかったし、基本的に(普段から)顔は変わらないですね」
試合後こそ魅力的な笑顔を見せるが、試合前と試合中の一二三はポーカーフェイスだ。しかし内面の動揺は強かったという。
「驚きましたし、泣きそうにもなりました、正直。妹が悔しがって泣いている姿を見て、僕も『感情をどうしたらいいのかな?』と思いました。でも、心の中で『自分が兄として絶対に妹の分までやり切る』『泣くのは今じゃない』とも考えていました」
棄権の危機を投げ技で乗り切る
阿部は自力で棄権の危機を乗り切った 【写真は共同】
要は「自分の鼻」が最大の敵になっていた。2分2秒、2分28秒とに2度の流血治療を経た彼は、勝負を急いで決めにいく。
「鼻に綿を詰められて、でもなかなか止まらなくて、正直『投げにいくしかない』と思いました。だからあの戦い方になった感じです。相手が前に前にと出て雑になっていたので、勝負にいきました」
一二三は2分41秒に大内刈りで技ありを奪い、合わせ技一本で勝利を決めた。
準決勝もビエル(モルドバ)にやや手を焼く展開たったが、ゴールデンスコア(いわゆるサドンデス方式の延長戦)に入って9秒で払い腰での技ありで勝利している。決勝は先に技ありを奪って相手を「攻めざるを得ない状況」に追い込み、一本勝ちを飾った。1試合がゴールデンスコアにもつれ込んだものの、堂々たる4連勝だった。
一二三の得意技は袖釣込腰(そでつりこみごし)で、背負投げ、大内刈りといった投げ技も必勝パターンに入る。実力者でありつつ明確な「得意」「傾向」を持つ彼は、当然ながら警戒され、研究もされている。
もっとも相手が警戒している中でも、得意技で仕留めてしまう。駆け引きと技で相手を少しずつ追い込み、得意技から逃げられぬように追い込んでしまうーー。一二三の凄みはそこにある。
鈴木監督はこう説明する。
「初戦から研究されている感じはありました。だけど最後は一二三の柔道に持っていけます。投げ方もそうですけど、いつも通りの勝ちパターンに持っていけるんです。ポーカーフェイスで、常に目をぎらつかせて相手を見て、技術的にも『今はこういう時間帯』『これからこういう時間帯になってくる』といった感覚がある。4分間の試合運びが非常にうまいですね」