連載:最先端レフェリング論

[金曜特別コラム]最先端レフェリング論(7) Jリーグで試合後すぐに審判が見解を説明することができないのはなぜか

木崎伸也

ブンデスリーガでは議論が分かれるジャッジがあった場合、国営放送局が試合直後に審判にインタビューを行っている 【Photo by Roland Krivec/vi/DeFodi Images via Getty Images】

 日本サッカーにおける審判を取り巻く環境についてひとつ疑問がある。

 なぜJリーグでは試合直後の審判インタビューがないのだろう?

 選手や監督はフラッシュインタビューやミックスゾーン取材が義務付けられている。当事者の声によって、ファンやサポーターは試合で何が起こったかをより深く知ることができる。

 それに対してレフェリーへの試合後取材はJリーグで認められていない。

 論争になるようなミスジャッジがあった場合、日本サッカー協会(JFA)審判委員会が見解を発表するものの、当事者のレフェリーが自ら説明する場は設けられていない。

 もちろんJFAへの取材申請が通ったらインタビューは可能で、すべて舞台裏に隠されているわけではないのだが、「誤審」についてタイムリーに聞くことはほぼ不可能だ。

 ドイツのブンデスリーガに目を移すと、議論が分かれるジャッジがあった場合、国営放送局が試合直後にレフェリーにフラッシュインタビューを行い、夜のダイジェスト番組で放送するという文化がある。「ミスを受け入れ、人を憎まない」という前提があるのだろう。主審が自分にはどう見えたか、もしくはなぜ見えなかったかを正直に話し、誤審を認めることもよくある。

 W杯の試合ではレフェリーのフラッシュインタビューはないが、大会中にレフェリー練習の公開日を設け、メディアに取材の場を提供している。たとえば筆者は2010年W杯で西村雄一主審と相樂亨副審に取材し、「日本の選手は接触プレーですぐ倒れる傾向があるが、W杯では多くの選手が踏ん張れる。W杯の方が判定が楽」といった興味深い話を聞くことができた。

 なぜJリーグでは、レフェリーが試合後に自ら説明できるようにしないのだろう?

 今回、関係者に取材すると、2つの課題が浮かび上がってきた。

 1つ目は「Jリーグ審判員の約90%がセミプロ」ということだ。

 JFAは「プロフェショナルレフェリー制度」を導入して、レフェリーが審判業に専念できる環境を整えている。2024年時点で主審14人、副審5人がプロフェッショナルレフェリーとして契約を結んでいる。

 ただし、この人数ではJ1・J2・J3の各節合計30試合をとてもカバーできない。他の仕事を持ちながらレフェリーを務めてくれる人材が不可欠だ。

 1年前のJFAの調査によると、Jリーグ担当審判員の職業内訳は次の通りだ。

会社員:35%
教員:25%
プロフェッショナルレフェリー:10%
その他(自営業、団体職員、教員以外の公務員):30%


 つまりJリーグ担当審判員の90%は、他に仕事を持ちながら試合に臨んでいるということだ。メディア対応が逆効果になって「炎上」すると、本来の仕事に影響が出る恐れがある。

 JFA審判部の太田光俊はこう説明する。

「審判員の情報発信、透明化をもっとすべきということは当然理解しています。ただ、生活に支障が出ないように、審判員を守らなければならない部分もある。まずはプロの審判員を増やすことが必要だと感じています」

 何か問題が生じたときに、プロの審判員であれば給与を得ながら社会から距離を置くことができるが、セミプロの審判員はそれができない。過去には教員をしているレフェリーがどの学校にいるといった職場情報がネットでさらされたことがあった。

 プロはごく一部のため、レフェリーの情報発信にブレーキをかけざるをえないのだ。

日本でも起こっている審判への犯行予告

レフェリーへの誹謗中傷および犯行予告は現代においても起こっており、JFA審判部は難しい対応を迫られている 【Photo by Georgi Paleykov/NurPhoto via Getty Images】

 2つ目はレフェリーへの誹謗中傷、および犯行予告である。

 JFA審判部の太田は言う。

「あまり詳しくは言えませんが、過去に何度か警察含め専門家に相談した案件がありました。一般企業でもし同じことが起こったら、逮捕者が出ていてもおかしくありません。

 でも、被害届を出したことがニュースになってしまうと、その審判員がさらに試合へ行きづらくなる恐れがある。非常に難しい対応を迫られています」

 現在、犯行予告の主な舞台はソーシャルメディアだ。身に危険が及ぶ可能性がある場合には、警察に相談してレフェリーに警護をつけている。ボディーガードに連れ添われてスタジアム入りするのだ。

 太田は続ける。

「県をまたぐ移動になると、管轄の県警が変わるため、県警同士の連携が必要になります。審判マネジャーが同行することもあります。幸いまだ事件は起こっていませんが、細心の安全対策を取るようにしています。

 実際にこのようなことが起こると、追加の警備費や関係者の対応などにリソースが割かれてしまいます。本来はサッカーで注目を集め、多くの方に見ていただく試合が、別の見え方で注目されてしまうのは、求めている姿とは違うと思っています」

 もちろんレフェリーへの誹謗中傷は日本だけの問題ではなく、むしろ世界の方が悪質な部分がある。

 JFA審判マネジャーの佐藤隆治はパリ五輪予選を兼ねたU23アジアカップにAFCのレフェリーアセッサー(審判を評価する人)として参加したところ、審判たちがネットで攻撃されるのを目の当たりにした。

「U23アジアカップではVARが強烈な誹謗中傷やバッシングにさらされているのを見て、審判員たちがものすごいプレッシャーの中で判定をしていることを再認識しました。現代はスマートフォンなどで映像をすぐに確認できるようになり、誹謗中傷やバッシングが以前より強まっていると感じています」

 佐藤はイングランドに研修に行った際、バッシングによってレフェリーを目指す若者が減っているという問題を耳にした。

「イングランドでは審判への野次や誹謗中傷がひどく、レフェリーを目指す若者が減っているそうです。日本はそれに比べると、審判員に対しての理解があると思います。

 ただ、少年サッカーの試合では保護者の方がスマートフォンで撮影して、審判員に『この判定は違うのでは』と詰め寄るといったことも起きています。今後イングランドと同じ状況にならないように対策していく必要があります」

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著者プロフィール

1975年、東京都生まれ。金子達仁のスポーツライター塾を経て、2002年夏にオランダへ移住。03年から6年間、ドイツを拠点に欧州サッカーを取材した。現在は東京都在住。著書に『サッカーの見方は1日で変えられる』(東洋経済新報社)、『革命前夜』(風間八宏監督との共著、カンゼン)、『直撃 本田圭佑』(文藝春秋)など。17年4月に日本と海外をつなぐ新メディア「REALQ」(www.real-q.net)をスタートさせた。18年5月、「木崎f伸也」名義でサッカーW杯小説『アイム・ブルー』を連載開始。

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