仙台育英・須江監督と臨床心理士が語る「主体的に取り組む選手のほうが成長する」理由
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目標と方法論をセットにして伝えない
須江 仙台育英を希望してくれる生徒がいた場合、保護者の方には「うちの野球部は自分で考えて行動できる習慣を持っていなければ、合わないかもしれません」という話をさせてもらっています。たとえばですが、家庭の中で「お風呂に入りなさい」「洗濯物を出しなさい」「宿題をやりなさい」と、親御さんが「〜しなさい」と言っていませんか? 自分のことは自分でやる習慣を持った生徒のほうが、仙台育英のスタイルには合っています。
村中 どんな選手を求めているのか、そこまで徹底されておられるのですね。
須江 高校生を見ていると、誰かの指示でやらされている選手は習熟のペースが遅いと感じます。主体的に、自分でやるべきことを理解して、自分の意志で取り組んでいる選手は、習熟が早い。仮に、両者が同じ技量であるのなら、主体的に取り組む選手のほうが、成長していきます。
村中 なぜ、成長が早いかは理屈で説明することができます。指導者や教員が、「こうやってやりなさい」と指示するときは、目的と方法がセットになっていることがほとんどです。たとえば、小学生の九九の勉強をイメージするとわかりやすいですが、「テストで合格するために、九九を何度も覚えて唱えましょう」と教わります。目的と方法がセットになっていますよね。そうなると、自分自身で試行錯誤して、工夫する余地がほとんど残されていません。トライ&エラーができない。これによって何が起きるというと、「九九を唱えて覚えることができない子どもは、算数が苦手か記憶力が悪い」と思われることです。そうではなく、そのやり方が合っていないだけかもしれないのです。仙台育英の場合は目標となる数字の到達点がありながらも、そこに至るまでの方法論は多種多様にあり、自分で組み立てることができる。これは、自ら成長していくうえで非常にうまいやり方だと感じます。
人間の脳神経は多様で複雑なもの
村中 そういうことです。たとえば、九九を何度も書いて覚えたり、九九表を見て覚えるやり方があっている子もいるわけです。教員や指導者は、「こんなやり方もあるけど、試してごらん」と複数の選択肢を提示してみる。それだけで救われる子は必ず出てきます。私は、ニューロダイバーシティ(Neuro「脳・神経」とDiversity「多様性」という2つの言葉が組み合わされて生まれた、「脳や神経、それに由来する個人レベルでの様々な特性の違いを多様性と捉えて相互に尊重し、それらの違いを社会の中で活かしていこう」という考え方/拙著『ニューロダイバーシティの教科書』より)が専門なのですが、その視点から考えると、人によって合う方法と合わない方法があって当然なんです。自分には合わない方法で、ずっと努力して頑張っても、成績は上がらないし考える力も身につきません。
――決して、「勉強ができない」というわけではないと。
村中 はい。みなさんが思っている以上に、人間の脳は多様的で複雑なものなので、簡単に「できる」とか「できない」などとは言えないんです。たとえば、昔から「早寝早起きの生活リズムが大事」と言われていますが、体質的に合わない人間が一定数います。脳のクロノタイプ(体内時計のタイプ)から、朝型、中間型、夜型に分かれることが研究結果としてわかっています。「早寝早起き」は朝型の脳には適していますが、夜型の人には合っていない。でも、学校は超朝型社会で、8時過ぎには登校していなければいけないわけです。夜型のクロノタイプの子どもたちにとっては、しんどくて当たり前です。9時か10時に登校できるようになるだけで、パフォーマンスが大きく変わる子どもは少なくないでしょう。今の社会ではなかなか認められないというか、そもそも、そういう発想自体がまだないのが現状です。
――当たり前ですが、「みんなが同じようにできる」とは限らないと。
村中 脳のタイプに合わない生活リズムを強いられるのは、苦痛でしかありません。その結果、周りの子に比べてパフォーマンスが落ちるため、学業の成績も上がっていかない。「自分は勉強ができない」と思うことで、自己肯定感が下がるだけでなく、周りから「怠惰な子」というレッテルを貼られることもあるわけです。授業中に寝てしまうことも考えられる。これは、ソーシャル・ジェットラグ(社会的時差ボケ)とも呼ばれていて、無理を強いられることで、常に時差ボケのような生活を送らざるをえないことを指しています。