連載:高校野球2024・夏の地方大会「エリア別大展望」

豊川高校の超逸材モイセエフ・ニキータ「プロを目指す前に、もう一度甲子園で──」

尾関雄一朗

愛知県内はもとより、今年の高校球界でも注目のスラッガーの1人、モイセエフ。昨夏のリベンジを懸けた愛知大会の初戦は、7月14日に予定されている 【尾関雄一朗】

 愛知の豊川高校に現れた規格外のスラッガー、モイセエフ・ニキータ。今春のセンバツでは、新基準の“飛ばない金属バット”で大会第1号となるホームランを放ち、話題をさらった。そんなプロ注目の超逸材が、心の底から欲しているのが、甲子園での勝利だ。「私学4強」の壁を打ち破り、再びあの大舞台へ──。最後の夏への決意を語ってくれた。

涙で目を腫らした1年前の借りを返す

 昨年夏の愛知大会。2年生のモイセエフ・ニキータは3番・中堅手としてスタメン出場し、4試合で15打数7安打6打点と打ちまくった。当時からすでに逸材ぶりを示していた。

「打席で平常心を保てたので、それが結果にも表れ、自信につながった面はあります。ただ、負けたら終わり、という夏の緊張感はかなり感じていました。1年生の夏に代打で出たときもそうでしたが、2年生の昨年はレギュラーで起用してもらっていたので、その緊張感は余計に強かったです」

 チームは3試合連続でコールド勝ちを収めてベスト8に進出した。しかし、準々決勝で夢は散る。プロ注目の右腕・清水凰史(現・岐阜聖徳学園大)を擁する愛知啓成に敗れた。

「チームとして、すべきことができませんでした。3回表の守備で5点取られたり、打線も点を取りたい場面で取れなかったり……。自分も内野安打の1本だけで、あまりいいバッティングではありませんでした。そういう試合で打つか打たないかで勝敗も変わっていたかもしれないと考えると、悔しいです。先輩たちを勝たせることができませんでした」

 3年生の先輩に対して、モイセエフ自身、思い入れもあった。試合後は涙で目を腫らした。

「同じ外野手だった束野さん(希空/現・中部大)とはよく一緒にいました。レギュラーやベンチ入りした先輩だけでなく、ベンチに入れなかった先輩たちもたくさん応援してくれていたので、期待に応えられず悔しかったです」

 今年の夏、その宿敵といきなりぶつかる可能性がある。6月15日に行われた組み合わせ抽選会で、豊川の初戦の相手が愛知啓成と安城南の勝者に決まったのだ。最後の夏が劇的に動き出そうとしている。

「相手がどちらになるかは分かりませんが、もし愛知啓成なら、昨年の借りを返す機会だと思っています。コールドで勝ちにいくぐらいの強い気持ちで挑みます。どこが相手になっても受け身にならず、初回から攻める気持ちをもってぶつかります」

センバツでの「ホームラン」と「3三振」

今春のセンバツで、阿南光の好投手・吉岡から大会第1号となるホームランを放った。しかし、その喜びよりも先立つのは、3三振を喫した悔しさだ 【写真は共同】

 もう一度、甲子園へ──。その想いが今のモイセエフを奮い立たせる。

 今春のセンバツで、モイセエフは甲子園に大きなインパクトを残した。阿南光(徳島)との1回戦、まずは第1打席。カウント2-0からの3球目にスイングをかけると、打球は高々と一塁側ファウルゾーンに舞い上がった。滞空時間は6秒を超えた。フライの高度に球場がざわついた。

「ストレートに対してタイミングは合っていましたが、球の下を叩きすぎて、こすってしまいました。紙一重のバッティングだったとは思います」

 第4打席では待望のホームランが飛び出した。4点ビハインドの8回裏。カウント0-2からの3球目を振り抜くと、打球は右翼席ポール際へライナーで突き刺さった。大会第1号は、従来に比べ飛距離が落ちるとされる“新基準バット”での甲子園第1号でもあった。

「後ろにつなごうという意識で打席に立ちました。打った瞬間のことはあまり覚えていません。あのホームランについてはよく聞かれますし、嬉しさもあります。でも、自分としてはそれ以外の打席で凡退していて、その悔しさのほうがかなり残っています」

 阿南光の好投手・吉岡暖(3年)に3三振を喫した。第1打席はストレートに見逃し三振。第2、第5打席はフォークにバットが空を切った。試合も4-11の大差で敗れている。

「吉岡投手はいいピッチングだったと思います。球の軌道は、途中までストレートかフォークか分からない。第2打席ではスローカーブを続けられるなど、いろいろな球種で攻められました。打席ごとに配球を変えられ、とらえることができませんでした」

 モイセエフは「どんな球にも対応できる」点を自身最大の強みと自覚し、こだわっている。それを甲子園で発揮できなかったからこそ、ホームランの嬉しさよりも悔しさが先に立つのだ。

 甲子園球場には小学生の頃にも訪れたことがあるという。中学時代のクラブチーム「愛知衣浦シニア」のOBが東邦(愛知)で甲子園に出場したため、当時同じクラブに所属していた兄・イリヤーさんらと一緒に試合を観戦した。

 試合の詳細については「あまり覚えていない」。春のセンバツか、夏の選手権大会だったかもうろ覚えだ(著者注:状況的にはおそらくセンバツだと思われる)。しかし、「甲子園球場ならではの、(他の球場とは)ちょっと違った雰囲気はなんとなく覚えています」とも話す。

 今春のセンバツで、プレーヤーとして初めて甲子園に足を踏み入れた。「スタンドが広くて、大きく感じました。観客席も高いところまであるので」と高揚感を覚えた。夏はまた違った光景が広がっているだろう。もちろんモイセエフは、再びあの大舞台に立つつもりだ。

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著者プロフィール

1984年生まれ、岐阜県出身。名古屋大を卒業後、新聞社記者を経て現在は東海地区の高校、大学、社会人野球をくまなく取材するスポーツライター。年間170試合ほどを球場で観戦・取材し、各種アマチュア野球雑誌や中日新聞ウェブサイトなどで記事を発表している。「隠し玉」的存在のドラフト候補の発掘も得意で、プロ球団スカウトとも交流が深い。

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