連載:高校野球2024・夏の地方大会「エリア別大展望」

豊川高校の超逸材モイセエフ・ニキータ「プロを目指す前に、もう一度甲子園で──」

尾関雄一朗

新基準バットへの対応と打撃フォームの改良

低反発バットにも大きな違和感はない。打撃フォームの改良も奏功し、厳しいマークにもかかわらず、今春の愛知大会でも打率.692と打ちまくった 【写真は共同】

 今年の高校野球界の大きなトピックが、新基準バットの導入である。甲子園第1号を放った張本人にも、打球が飛ばなくなった実感があるという。

「以前のバットだと外野手の頭上を越えていたかもしれない打球が、確実に芯でとらえないかぎり越えなくなりました。それに芯も小さくなったので、そこに当てること自体が難しくなりました。変化は感じます」

 ただ、そこまで意に介す様子もない。チームでも対策し、適応しつつある。

「低反発だからといって、大きな違和感はありません。自分が対応できているかは分かりませんが、バットが変わっても、やることは変えていないので。今までと同様、やるべきことをやるだけです。練習では木製バットを使い、緩いボールを芯でとらえる練習から始め、だんだんと実際のピッチャーの球に近づけながら新基準バットに慣れていきました」

 選手によっては、木製バットの方が感触がいいと、試合で使う者もいる。愛知県では、右打者の筆頭格・山田頼旺(中京大中京)などもその1人だ。モイセエフにも試合で木製バットを使う考えはあるのだろうか。

「自主練習ではずっと木製を使っていますし、とらえたときは木製のほうが飛ぶんじゃないかという気もします。練習試合では時々使っていて、ホームランも打ちましたが、折れてしまうこともあって。先日は大垣日大(岐阜)のピッチャーにインコースのストレートを詰まらされて、折られました。今はまだ金属でいきたいです」

 センバツ後の春季愛知大会では、4試合で13打数9安打という好成績を残した。基準の新旧を問わず、バットに湿りはない。「甘い球は来ないですし、インコースの厳しいところに投げ込まれることもあります」と言うように、相手バッテリーの警戒は強まる一方だが、明らかにその上を行っている。

 長谷川裕記監督と取り組んだ打撃フォームの改良も奏功している。構えたときのトップの位置を下げ、懐にゆとりをもたせた。また打ちに行く際、体をひねり込むなかで左足が開くクセがあったが、両足を真っすぐ平行に揃えて立つことを意識。動作のロスをなくした。これまでは「本能」を優先し、細かな修正はしてこなかったが、技術面でも次のステージに入っている。

もう一度甲子園に行って、今度こそ勝ちたい

夏前に約1カ月の強化練習期間を設け、心身を鍛え抜いた豊川。さらにひと回り大きくなったモイセエフを中心に、春夏連続、そして初めての夏の甲子園出場をめざす 【尾関雄一朗】

 夏本番へ向け、チームの状態も良さそうだ。

「投手力が課題だと言われてきたなかで、2年生の中西浩平、平野将馬の状態が上がってきましたし、3年生の林優大や森陸もしっかり投げてくれています。最近はピッチャーがきっちり抑えて、守備からリズムを作って得点につなげる試合が増えています」

 旧知のチームメイトの成長が、モイセエフに勇気を与えている。林とは中学時代、同じクラブチームでプレーした間柄だ。モイセエフに影響され、林も豊川に進学した。高校入学後、病気による体調不良に一時悩まされた林だが、今ではサイドハンドから勢いのある球を投げ込み、投手陣の一角を担っている。

「優大は中学生の頃からハートが強いピッチャーでした。インコースにもどんどん投げ込むので、見ていて迫力があります。体調が良くないときもありましたが、もう練習にもしっかりついてきているし、それがボールにも表れています」

 チームは夏前に1カ月ほどの強化練習期間を設け、心身を追い込んだ。寮生活の利点を生かし、朝から夜まで鍛え抜いた。

「朝5時半からバットを振って、昼間はキツいランメニューがあって、夜も10時くらいまでずっとバット振って。量も強度も相当でしたが、かなり強くなったと思います。たくさん走ったおかげで、動ける体になってきました」

 6月29日に開幕した夏の愛知大会。例年、「私学4強」と呼ばれる名門私立校の牙城が高くそびえるが、今年の夏も愛工大名電、享栄、中京大中京、東邦の4校が優勝候補に挙がっている。一方、豊川は「セカンド私学」と呼ばれる次位グループに組み込まれている。私学4強に食い下がるだけの実力がある、という肯定的なニュアンスも含むが、甘んじるべきポジションではない。

「僕にも“打倒・私学4強”という気持ちがあります。セカンド私学は、たぶんどこも同じ想いでやっているのではないでしょうか。春の県大会は享栄に負けてベスト4止まり。この夏も私学4強を倒さなければ、きっと甲子園には出られません」

 豊川は昨年秋の県大会準々決勝で、東邦を破った。2013年秋から続いていた県大会での東邦戦の連敗を7で止めた。私学4強の一角を倒して勢いに乗り、センバツ出場へとつなげている。

「向かっていく気持ちが僕たちにあったから、あの試合も勝てたと思っています。相手の気持ちを上回ることができました。もしこの夏に当たるとなったら、向こうも全力で倒しに来るはず。チャレンジャー精神を忘れずに攻めていきたいです」

 モイセエフの今後の進路は、高卒でのプロ志望が基本線になりそうだ。だが、まずはこの夏、チームの勝利のために力の限りを尽くす。

「この夏はもう本当に、甲子園のことだけを考えています。センバツで勝てなかった悔しさがずっと胸に残っています。プロに行きたい気持ちはありますが、まずは甲子園に出て、そこで勝ち、その結果が将来につながればいい。本当にもう一度甲子園に行って、今度こそ勝ちたいんです。2年半やってきたことを、すべて出し切ります」

 その顔つきは一層、精悍さを増している。

(企画・編集/YOJI-GEN)

モイセエフ・ニキータ

【尾関雄一朗】

2006年11月29日生まれ。181センチ・85キロ。左投左打。ロシア人の両親のもと、愛知県刈谷市で生まれ、阿久比町で育った。阿久比東小1年で野球を始め、阿久比中時代は愛知衣浦シニアに所属。豊川高に進学後は1年春からベンチ入りし、1年秋からレギュラーを務める。主に3番・中堅手として活躍。昨秋の明治神宮大会や今春のセンバツでは本塁打を放った。高校通算18本塁打(6月28日現在)。

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著者プロフィール

1984年生まれ、岐阜県出身。名古屋大を卒業後、新聞社記者を経て現在は東海地区の高校、大学、社会人野球をくまなく取材するスポーツライター。年間170試合ほどを球場で観戦・取材し、各種アマチュア野球雑誌や中日新聞ウェブサイトなどで記事を発表している。「隠し玉」的存在のドラフト候補の発掘も得意で、プロ球団スカウトとも交流が深い。

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