豊川高校の超逸材モイセエフ・ニキータ「プロを目指す前に、もう一度甲子園で──」
新基準バットへの対応と打撃フォームの改良
低反発バットにも大きな違和感はない。打撃フォームの改良も奏功し、厳しいマークにもかかわらず、今春の愛知大会でも打率.692と打ちまくった 【写真は共同】
「以前のバットだと外野手の頭上を越えていたかもしれない打球が、確実に芯でとらえないかぎり越えなくなりました。それに芯も小さくなったので、そこに当てること自体が難しくなりました。変化は感じます」
ただ、そこまで意に介す様子もない。チームでも対策し、適応しつつある。
「低反発だからといって、大きな違和感はありません。自分が対応できているかは分かりませんが、バットが変わっても、やることは変えていないので。今までと同様、やるべきことをやるだけです。練習では木製バットを使い、緩いボールを芯でとらえる練習から始め、だんだんと実際のピッチャーの球に近づけながら新基準バットに慣れていきました」
選手によっては、木製バットの方が感触がいいと、試合で使う者もいる。愛知県では、右打者の筆頭格・山田頼旺(中京大中京)などもその1人だ。モイセエフにも試合で木製バットを使う考えはあるのだろうか。
「自主練習ではずっと木製を使っていますし、とらえたときは木製のほうが飛ぶんじゃないかという気もします。練習試合では時々使っていて、ホームランも打ちましたが、折れてしまうこともあって。先日は大垣日大(岐阜)のピッチャーにインコースのストレートを詰まらされて、折られました。今はまだ金属でいきたいです」
センバツ後の春季愛知大会では、4試合で13打数9安打という好成績を残した。基準の新旧を問わず、バットに湿りはない。「甘い球は来ないですし、インコースの厳しいところに投げ込まれることもあります」と言うように、相手バッテリーの警戒は強まる一方だが、明らかにその上を行っている。
長谷川裕記監督と取り組んだ打撃フォームの改良も奏功している。構えたときのトップの位置を下げ、懐にゆとりをもたせた。また打ちに行く際、体をひねり込むなかで左足が開くクセがあったが、両足を真っすぐ平行に揃えて立つことを意識。動作のロスをなくした。これまでは「本能」を優先し、細かな修正はしてこなかったが、技術面でも次のステージに入っている。
もう一度甲子園に行って、今度こそ勝ちたい
夏前に約1カ月の強化練習期間を設け、心身を鍛え抜いた豊川。さらにひと回り大きくなったモイセエフを中心に、春夏連続、そして初めての夏の甲子園出場をめざす 【尾関雄一朗】
「投手力が課題だと言われてきたなかで、2年生の中西浩平、平野将馬の状態が上がってきましたし、3年生の林優大や森陸もしっかり投げてくれています。最近はピッチャーがきっちり抑えて、守備からリズムを作って得点につなげる試合が増えています」
旧知のチームメイトの成長が、モイセエフに勇気を与えている。林とは中学時代、同じクラブチームでプレーした間柄だ。モイセエフに影響され、林も豊川に進学した。高校入学後、病気による体調不良に一時悩まされた林だが、今ではサイドハンドから勢いのある球を投げ込み、投手陣の一角を担っている。
「優大は中学生の頃からハートが強いピッチャーでした。インコースにもどんどん投げ込むので、見ていて迫力があります。体調が良くないときもありましたが、もう練習にもしっかりついてきているし、それがボールにも表れています」
チームは夏前に1カ月ほどの強化練習期間を設け、心身を追い込んだ。寮生活の利点を生かし、朝から夜まで鍛え抜いた。
「朝5時半からバットを振って、昼間はキツいランメニューがあって、夜も10時くらいまでずっとバット振って。量も強度も相当でしたが、かなり強くなったと思います。たくさん走ったおかげで、動ける体になってきました」
6月29日に開幕した夏の愛知大会。例年、「私学4強」と呼ばれる名門私立校の牙城が高くそびえるが、今年の夏も愛工大名電、享栄、中京大中京、東邦の4校が優勝候補に挙がっている。一方、豊川は「セカンド私学」と呼ばれる次位グループに組み込まれている。私学4強に食い下がるだけの実力がある、という肯定的なニュアンスも含むが、甘んじるべきポジションではない。
「僕にも“打倒・私学4強”という気持ちがあります。セカンド私学は、たぶんどこも同じ想いでやっているのではないでしょうか。春の県大会は享栄に負けてベスト4止まり。この夏も私学4強を倒さなければ、きっと甲子園には出られません」
豊川は昨年秋の県大会準々決勝で、東邦を破った。2013年秋から続いていた県大会での東邦戦の連敗を7で止めた。私学4強の一角を倒して勢いに乗り、センバツ出場へとつなげている。
「向かっていく気持ちが僕たちにあったから、あの試合も勝てたと思っています。相手の気持ちを上回ることができました。もしこの夏に当たるとなったら、向こうも全力で倒しに来るはず。チャレンジャー精神を忘れずに攻めていきたいです」
モイセエフの今後の進路は、高卒でのプロ志望が基本線になりそうだ。だが、まずはこの夏、チームの勝利のために力の限りを尽くす。
「この夏はもう本当に、甲子園のことだけを考えています。センバツで勝てなかった悔しさがずっと胸に残っています。プロに行きたい気持ちはありますが、まずは甲子園に出て、そこで勝ち、その結果が将来につながればいい。本当にもう一度甲子園に行って、今度こそ勝ちたいんです。2年半やってきたことを、すべて出し切ります」
その顔つきは一層、精悍さを増している。
(企画・編集/YOJI-GEN)
モイセエフ・ニキータ
【尾関雄一朗】