連載:最先端レフェリング論

[金曜特別コラム]最先端レフェリング論(4) なぜ欧州ではVARが介入するような場面でもJリーグでは介入しないのか?

木崎伸也

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プレーそのものを変えつつあるVAR

VARでハンドの判定となるリスクを避けるため、近年は守備者が腕を背中側に回す姿勢を取ることが多くなっている 【(C)J.LEAGUE】

 サッカーにおけるVAR(ビデオ・アシスタント・レフェリー)の導入は、プレーそのものを変えつつある。

 たとえば、ペナルティエリア内で相手のボール保持者にアプローチする際、守備者が両腕を背中側に回す姿勢を取ることが多くなっているだろう。ハンドになるリスクを避けるためだ。

 JFAのサッカー競技規則(2023/24)には「競技者の手や腕にボールが触れることのすべてが、反則になるわけではない」と書かれており、実際には手や腕をボールの方向に動かして意図的に触ったり、手や腕を不自然に大きくして触れたりしなければハンドにならない。

 だが、その判断には他のルールと同じように少なからず個人差がある。ビデオで繰り返しチェックされるリスクを避けるために、両腕を背中側に回す選手が増えている。

 CKやFKの際にユニフォームを引っ張ったり、足を踏んで動きを遅らせたりする「マリーシア」も以前より減っている印象だ。

 実はVARのルールとしては、セットプレーにおいてボールを蹴る前の事象に介入しないことになっている。しかしそこにはグレーゾーンがあり、ボールを蹴る前のアクションにVARが介入することがある。それが抑止力となっているのだろう。

 また、VARの登場は「見る側」にも大きな変化をもたらした。

 サポーターやファンがVARの立場で中継を見るようになり、「なぜVARのチェックが入らないの?」といった疑問が生まれるようになった。采配や戦術を議論するのと同じ熱量で、レフェリングの是非が熱く語られるようになったのだ。

 そういうムーブメントは、回り回ってレフェリーたちにも影響を及ぼしている。ルールと同じくらい、選手やファンの「納得感」を大事にすべきという見方が出てきた。

 日本サッカー協会(JFA)審判マネジャーの佐藤隆治は、今年1月下旬に行われた審判合宿でこう語った。

「この判定は競技規則では間違っていない、だから介入しませんということはVARのルール上は正しいのだけど、はたしてそれで審判への信頼が上がるのか。選手、サポーター、ファンの納得感を考えて、何が最適解なのかを考えてVARを運営したいと考えています」

 いったい日本サッカー界において、今後VARはどうなっていくのか? レフェリーにしか見えてない景色があるだろう。

 Jリーグで主審とVARの両方を担当している山本雄大に話を聞いた。

“APP”を短くすることでチェック時間を大幅に短縮

Jリーグで主審とVARの両方を担当している山本雄大に、今後のVAR運用についてを聞いた 【スポーツナビ】

――山本さんは2015年からプロフェッショナルレフェリーを務め、近年はVARもコンスタントに担当されていますね。主審とVARの疲れ具合はやはり違いますか?

 VARを始めた当初は、真っ暗な部屋の中で画面をずっと凝視するので、目と頭の疲労がすごかったですね。試合当日の夜はなかなか寝つけませんでした。ただ、だんだん慣れていき、今では主審とVAR、どちらを担当しても同じぐらいの疲れ具合になっています。

――VARを担当するときは、どうやって準備していますか?

 直近の試合をダウンロードし、移動のときにVARルームにいるつもりでぶつぶつ言いながらシミュレーションしています。聞き取れないくらい小さい声ですが、周りにいる人たちから見たら何をしているんだろうという感じかもしれませんね(笑)。

――映像を見ながら、「APP(アタッキング・ポゼッション・フェーズ)スタート」、「ポッシブルオフサイド」、「チェック、コンプリート」といったコールを言い続けるということでしょうか。

 まさにそうです。試合中は部屋にAVAR(アシスタントVAR)とリプレイ・オペレーターがいて、彼らとコミュニケーションを取りながら映像をチェックするんですね。事前にそのシミュレーションをするようにしています。

――「APP」という用語について教えてください。「攻撃の起点からそれが終わるまでのフェーズ」という定義ですが、実際に攻撃の起点はどう決めているのでしょうか?

 最近はAPPを短くしていこうという方針があります。当初はかなり遡ってAPPをスタートしていたのですが、チェックに時間がかかりすぎるという問題がありました。我々もVARの運用に慣れてきたので、短くしていこうとなったんです。

 たとえば「最後のスルーパスが入るところ」、「くさびのパスが入るところ」でAPPをスタートするイメージです。

――競技規則でAPPのスタートが明確に定義されているわけではないんですね。

 だからこそ毎節後、佐藤さん、廣瀬さん(廣瀬格=JFA審判マネジャー)がフィードバックを行い、レフェリー全員が同じ絵を見られるようにすり合わせをしています。我々は『セイムページ(same page)』という言葉を使っています。

――2020年12月、ACL準決勝・ヴィッセル神戸対蔚山現代FCで、かなり攻撃が遡って神戸のゴールが取り消されたことがありました。Jリーグでは起こりづらいということですね。

 ほぼないと思います。Jリーグに関してはうまくいっていると思うので、継続してみんなで力合わせてやっていきたいと考えています。

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著者プロフィール

1975年、東京都生まれ。金子達仁のスポーツライター塾を経て、2002年夏にオランダへ移住。03年から6年間、ドイツを拠点に欧州サッカーを取材した。現在は東京都在住。著書に『サッカーの見方は1日で変えられる』(東洋経済新報社)、『革命前夜』(風間八宏監督との共著、カンゼン)、『直撃 本田圭佑』(文藝春秋)など。17年4月に日本と海外をつなぐ新メディア「REALQ」(www.real-q.net)をスタートさせた。18年5月、「木崎f伸也」名義でサッカーW杯小説『アイム・ブルー』を連載開始。

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