南野拓実、覚醒の理由 攻撃陣を牽引しモナコをリーグアン2位に導く原動力に

木村かや子

『レキップ』紙の週間ベストイレブンに7回選出されるなど、充実の2023-24シーズンを過ごした南野拓実 【写真は共同】

苦汁をなめた昨季から一転、“時の人”に

 5月19日、フランス・リーグアン最終節終了後のピッチで、シーズンをパリ・サンジェルマンに次ぐ2位で終え、2018-19季以来のチャンピオンズリーグ(CL)本戦出場権獲得をホームファンとともに祝うモナコの選手たちの中に、笑みを浮かべ、仲間たちと芝に腰を下ろして静かに祝いのひと時を堪能する、南野拓実の姿があった。

 昨シーズン、最も期待外れだった新加入選手の1人に挙げられていた南野は、リーグアンの2023-24年シーズンを、今季目覚ましい活躍を見せたモナコの攻撃陣のリーダーの1人として駆け抜けた。フランスの威信あるスポーツ紙『レキップ』が各節ごとに優秀だったプレーヤーを選んで発表する週間ベストイレブンに選ばれること、実に7回。日本人選手としては前代未聞の頻度であり、モナコの選手の中でも今季最多の選出回数だ。

 南野について「全く別の選手」「変身」「覚醒」といった賛辞が飛び交うのに、そう長く待つ必要はなかった。昨季は控えとしての序列も低く、ベンチに入りながらピッチを踏めない苦汁を何度もなめた南野の運気とプレーは、新シーズン開始と同時に一変する。

シーズン前の準備試合からアシスト、得点という結果を出し、いい前兆を見せていた南野は、開幕戦でアシスト第1号を刻み、ホーム初戦だった第2節のストラスブール戦で、いきなり2得点1アシストを記録した。

「この瞬間をずっと長いこと待っていた!」という試合後の言葉からも、南野にとっての昨シーズンがいかに厳しいものだったかがうかがえた。第3節のナント戦でも先制点を挙げ、最初の3節で3得点2アシストという結果を出した南野は、8月のリーグ月間最優秀選手に選ばれ、たちまちリーグアンの“時の人”となる。

 同時にフランスの記者たちは、「南野は僕らのことをどう思っているんだろう」と不安げにつぶやいていた。というのも、誰かに一度不合格の烙印を押すと、よほど大きな変化がない限りそれに固執する傾向があるフランスで、現地新聞は昨季、そう悪くなかったときでさえ、南野についてかなりボロクソに書いていたからだ。

とはいえ、南野のプレーの変化は顕著だった。昨季は身体のキレの悪さから特に守備に加勢するときなど動きが後手に回りがちで、そのため守備ではあてにできない攻撃手の印象を与え、守る必要性がある展開では途中起用されないのがお決まりになっていた。

 しかし第2節のストラスブール戦で、自ら高い位置で奪ったボールを前に運びミドルシュートを決めたシーンが見せる通り、今季の南野はボールを奪うや前を向き、迅速に守備から攻撃に転じることができていた。そしてヘッドで決めた2点目で見せた、ふさわしい瞬間にふさわしい場所にいるポジショニングの冴えと、少ないチャンスを仕留める能力――。昨季と比べ、一体何が変わったのだろうか?

「体のコンディションがすごくいい。そして何より、監督が信頼して試合に送り出してくれていること。僕としては、信頼されていると感じられることがすごく大きい」と語った南野は、シーズンの出だしから、その理由を自覚していた。第一にプレシーズンのトレーニングをしっかり行なったことで、フィジカル・コンディションが上がったこと。第二に、より合ったポジションで自分を起用し、自分を信頼してくれる監督の下でプレーするようになったことだ。

 南野が加入した22-23シーズンのモナコは、チーム自体もすべての欧州カップ戦の出場権を逃すという納得のいかない成績に終わり、必然的にフィリップ・クレマン前監督は解任されることに。新監督としてやってきたのが、南野がザルツブルクで半シーズンを共にしたことがある、アディ・ヒュッター氏だった。そしてヒュッター監督の到来で、歯車は直ちにいい方向に回り始める。

フィットネスレベル向上による効果

ザルツブルク時代の恩師ヒュッター(右)が新監督に就任したことも南野を後押しした 【Photo by Neal Simpson/Allstar/Getty Images】

「ザルツブルグで一緒にやったことがあるので、ヒュッター監督が求めているプレーは分かっている。また自分に与えられている役割がはっきりしている。以前は誰にとってもはっきりしておらず、難しい部分があったけれど、今は迷いなく試合に入れている」と、初戦の時点で南野は言っていた。

 南野によればザルツブルクの監督は、歴代アグレッシブで縦に早いサッカーを志向しており、ヒュッター監督もその1人。ボールを失うや前線からプレスをかけて奪い返す、セカンドボールをケアするなど、細部の要求もはっきりしていた。またクレマン前監督は、タッチライン際の長い距離を上下する、肉体派のサイドハーフを使った4-4-2を好んだが、ヒュッター監督は、その仕事はウイングバックに任せ、よりセンター寄りに位置をとるテクニカルな攻撃的MFを起用した。

 サイドバック陣の深刻な故障で途中、難しくなったものの、ヒュッター監督が最も好むのは、恐らく3バックに加えて2人のSBを使った3-4-2-1。いわばトップ下が2人いるような戦法であり、南野は天才肌のアレクサンドル・ゴロビンと並んでややセンター寄りに立つこの2列目右の攻撃的MFを務めることで、その本領を発揮し始めた。実際、ゴロビン、南野、FWウィサム・ベン・イェデルが織りなす“さんさの鉾”は、今季のモナコの必殺の武器となったのだ。

 そして南野がそのポジションで瞬く間に才覚を発揮した土台には、前述のフィットネスレベルの向上がある。モナコでの初年度、秋あたりに南野の体の切れがシーズン開始時より落ちているように見えたことを受け、クレマン前監督が、「モナコのフィジカルトレーニングは非常に強度が高いことで有名で、タキはその重い練習にまだ慣れていない」と漏らしたことがあった。傍から見て、重いフィジカル練習は南野のような技巧派の体質に合っていないのではと訝りたくなるほど、南野の動きは、疲れで遅くなっているように見えた。

 南野自身、「フィジカルトレーニングが滅茶苦茶きつく、それで試合のときにフレッシュじゃないこともあった」と後に認めたが、それに慣れてきたことに加え、プレシーズンにしっかりトレーニングして基礎体力を上げたことを、いいスタートを切れた要因の1つに挙げた。

「2年間リバプールでコンスタントに試合に出ておらず、そこからいいコンディションに持ってくるのが、すごく難しい作業だったんだな、と今になって思う」と南野は振り返る。つまりあまりプレーしていなかった中、モナコに来ていきなりヘビーな練習に取り組むことになり、「リバプール時代とモナコの1年目の強度が違いすぎた」ことが、モナコ1年目のフィジカル的不調の理由となったというのだ。

 移行の1年を我慢して乗り越えた末に、シーズン前の万全の準備でフィットネスレベルを引き上げたことは、すぐにプレーに反映された。1年前には失っていたボールを守り、ボールを持つや前を向き、攻撃エリアに運んで迷わず得点を狙いにいく。そうできる自信、アシストや得点を重ねるたびに膨らんだ自信が好循環を生み、事が回り始めた。

「ヒュッター監督の練習はトランジションが多く、ハイ・インテンシブで練習時間自体は以前より短い。また監督がやりたいことがはっきりチーム全体に伝わっており、それを練習に落とし込んでいる」という、新指揮官のもとで変わった練習方法も、南野のプレーの質をいい方向に導いた。

 とはいえ、この頃の南野は、まだこれから継続的に結果を出し、力を証明していかなければならない段階にいた。

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著者プロフィール

東京生まれ、湘南育ち、南仏在住。1986年、フェリス女学院大学国文科卒業後、雑誌社でスポーツ専門の取材記者として働き始め、95年にオーストラリア・シドニー支局に赴任。この年から、毎夏はるばるイタリアやイングランドに出向き、オーストラリア仕込みのイタリア語とオージー英語を使って、サッカー選手のインタビューを始める。遠方から欧州サッカーを担当し続けた後、2003年に同社ヨーロッパ通信員となり、文学以外でフランスに興味がなかったもののフランスへ。2022-23シーズンから2年はモナコ、スタッド・ランスの試合を毎週現地で取材している。

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