甲府の36歳コンビが国立で示した意地 J2クラブの「ACL 16強」が持つ本当の意味

大島和人

山梨からも多くのサポーターが甲府に駆けつけていた 【Photo by Masashi Hara/Getty Images】

 延べ3シーズンにわたる甲州発の旅が、国立競技場で終わりを迎えた。ヴァンフォーレ甲府は蔚山現代FCとのラウンド16第2戦に1-2で敗れ、合計スコア1-5でAFCチャンピオンズリーグ(ACL)準々決勝への進出を逃した。

 普段のJリーグとは、少し違う「エンディング」だった。悔しい結果でも一切のブーイングや叱責はなく、まず温かい拍手がスタジアムを包んだ。蔚山の選手たちが甲府のサポーター席に歩み寄り一礼すると、さらに大きな拍手が送られた。育成年代ではよく見るが、プロではほとんど見ない光景だ。

 甲府はホームのJITリサイクルインクスタジアム(通称「小瀬」)がアジアサッカー連盟(AFC)の規定を満たさず、ACLの全試合を国立競技場で開催せざるを得なかった。開催の経費が増え、サポーターも観戦のハードルが上がった状態だった。

 クラブとサポーターは「援軍」を呼びかけ、大々的な集客を行った。試合のたびに観客数は増え、ラウンド16第2戦の来場者は15,932名。「2月の平日」「雨予報」というかなり難しい条件下で、営業的には成功を収めている。

 蔚山との第2戦に限れば、勝てる試合だった。ロスタイムに勝ち越される展開も含めて、端的に言えば悔しい負け方だった。ただこの1試合でなく、甲府がクラブを挙げて全力を尽くした「3シーズン」への評価が、試合後の温かい空気を生み出したのではないだろうか。

2022年から続いた戦い

甲府は2022年の天皇杯優勝で2023‐24シーズンのACL出場権を得た 【 Photo by Etsuo Hara/Getty Images】

 甲府は2022年の天皇杯第102回全日本サッカー選手権大会の初戦(2回戦)を、6月1日に環太平洋大と戦っている。そのとき、戦いが2024年まで続くと想像していた人は皆無に違いない。

 山梨の小クラブは3回戦からコンサドーレ札幌、サガン鳥栖、アビスパ福岡、鹿島アントラーズとJ1勢を次々に撃破。10月16日に日産スタジアムで開催された決勝戦では延長、PK戦の末にサンフレッチェ広島を退けて初優勝を飾った。

 天皇杯優勝は即ちアジアへの挑戦権を意味する。ACLにはクリスティアーノ・ロナウド擁するアル・ナスルFCなど、浦和レッズやヴィッセル神戸がかすむようなビッグクラブも参加する。甲府のカテゴリーはJ2で、経営規模はその中でもせいぜい平均レベル。言葉を選ばずにいえば「場違い」なトーナメントに参加することになった。

 甲府は2023年9月20日のアウェイ、メルボルン・シティ戦を0-0で引き分けると、グループステージの6試合を3勝2分け1敗の1位で突破する。10月4日のブリーラム・ユナイテッド戦は90分に長谷川元希が決勝点を挙げる劇的な勝利で、「ホーム国立」の3試合は2勝1分けと無敗だった。

 年が明けた2024年2月、甲府は蔚山とのラウンド16を戦った。蔚山は先日のアジアカップで韓国代表に5名を送り込んだ強豪で、GKチョ・ヒョヌを筆頭にした守備陣は「ほぼ代表」の構成だ。

 対する甲府は一昨季、昨季からはメンバーが大幅に入れ替わっていた。左サイドバックの三浦颯太は川崎、センターバックの井上詩音は名古屋、ボランチ中村亮太朗は清水、攻撃の柱だった長谷川元希は新潟という具合に、チームを去っている。育てて勝つスモールクラブの宿命とはいえ明らかな痛手で、チーム作りがまだ2合目、3合目の段階で大一番に臨まざるを得なかった。

チャンスの数では圧倒しつつ……

甲府は攻撃陣がチャンスでなかなか決め切れなかった 【Photo by Masashi Hara/Getty Images】

 甲府はまず初戦の3点差を取り返す必要があった。篠田善之監督は振り返る。

「グループリーグの相手とはまた違った上手さと速さ、強さを選手たちも私自身も(蔚山との)第1戦で感じました。少し前がかりになりすぎて、剥がされてしまい、チームとしてまだ成熟度が足りなかったなと思います。蔚山は後ろからボールを運ぶのが非常に上手いので、ブロックを引くとか、色々なやり方があったかもしれません。ただやはり、奪いに行く姿勢を見せたかったし、選手たちにはタイミングを見て(前からのプレスに)行こうとやってもらいました」

 甲府は11分に痛恨の失点を喫する。蔚山は江坂任のロングフィードから一発でDFの裏を突き、イドンギョンが抜け出してラストパス。オムウォンサンのシュートはポストを叩いたが、キムジヒョンがこぼれ球を押し込んだ。

 それでも甲府は試合の流れを取り戻した。36分にピーター・ウタカが迎えた決定機を皮切りに38分、39分、41分と次々に大チャンスを迎えた。しかしなかなかゴールラインを割れない。試合を通してもシュートの本数は「25本vs.7本」、コーナーキックの本数も「8本vs.0本」と甲府が相手を大きく上回っている。

 ベンチで試合を見ていた三平和司はこう振り返る。

「(甲府の攻撃が)いいところまで行っていて、キーパーもすごかったですけど、蔚山のディフェンス陣の最後のところで身体を当てる、シュートコースを切れることはさすがだなと思いました」

 蔚山の最終ラインは的確に身体を投げ出して、シュートコースを物理的に封じていた。シュートがGKの手が届くところ、バーのぎりぎり上や、ポストのぎりぎり外に飛んだ理由は運や甲府の技術不足「以外」にもあった。

 

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著者プロフィール

1976年に神奈川県で出生し、育ちは埼玉。現在は東京都北区に在住する。早稲田大在学中にテレビ局のリサーチャーとしてスポーツ報道の現場に足を踏み入れ、世界中のスポーツと接する機会を得た。卒業後は損害保険会社、調査会社などの勤務を経て、2010年からライター活動を開始。取材対象はバスケットボールやサッカー、野球、ラグビー、ハンドボールと幅広い。2021年1月『B.LEAGUE誕生 日本スポーツビジネス秘史』を上梓。

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