番狂わせ度は「日本のW杯制覇」以上 J2で“リーグ戦7連敗中”甲府はなぜ天皇杯を獲れたのか?
天皇杯で“下剋上”を起こしたヴァンフォーレ甲府 【写真は共同】
J2の18位が天皇杯を獲得
10月6日に発表された最新の世界ランクを見ると、サッカー男子日本代表は24位。甲府はJ2の18位(10月17日現在)で、J1の18チームを加えれば上から数えて36位だ。普通に考えれば日本サッカーの頂点には手の届かないポジションだろう。
歴史をさかのぼれば2部からの天皇杯制覇は2011年度のFC東京、1982年度のヤマハ発動機、1981年度の日本鋼管といった例がある。しかしこの3チームはいずれも既に翌シーズンの昇格を決めていた。つまり今回の甲府とは“下剋上度”がまったく違う。
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J1の5クラブを撃破
昨シーズンはJ2の3位と健闘したが、結果を出したらその人材を引き抜かれるのがスモールクラブの悲哀。オフには伊藤彰監督が2人のコーチとともにジュビロ磐田に移り、メンデスや中村亮太朗といった主力もJ1に移動した。決勝で対戦した広島の佐々木翔主将や、ワールドカップ予選で大活躍を見せた伊東純也(スタッド・ランス)も、甲府でプロのキャリアをスタートしている選手だ。そして“上”のクラブに飛躍していった。
そんなチームが天皇杯で快進撃を見せた。2回戦から登場して環太平洋大(岡山県)を5-1で退けると、3回戦はコンサドーレ札幌を2-1と撃破。4回戦はサガン鳥栖(3○1)、準々決勝はアビスパ福岡(2○1)、準決勝で鹿島アントラーズ(1○0)とJ1クラブを相次いで撃破して、16日の決勝戦に進出を果たしていた。
“苦手”のセットプレーから先制
前半の甲府は広島と伍する戦いを見せ、26分にはコーナーキックからチャンスをつかんだ。長谷川元希は敢えて短いボールを入れて山田陸のリターンを受け、さらに絶妙のスルーパスを送る。荒木翔はゴール左脇のスペースへ抜け出してクロスを送り、三平和司が1タッチで合わせてゴールネットを揺らした。
実は今季の甲府にとって、セットプレーは課題だった。センターバックながら6得点を挙げた大型CBのメンデスが移籍したこともあり、セットプレーの収支は悪化していた。しかし大一番用に用意した虎の子のスペシャルプレーが奏功して、先制に成功した。
終盤は“耐える”展開に
J1相手でも60分までは五分に戦えるが、そこからはどうしても押し込まれて受け身になる――。それが甲府の現状だ。
吉田達磨監督は述べる。
「60分までは『自分たちがこうやってやろう』ということをある程度できます。変な言い方になりますけど、J2のチームでも広島や鹿島でも、60分まではやれる。ただそこからギアが上がってくる、パワーが増してくる相手に対して、僕たちはそれをニュートラルに持っていく交代がどうしても増えてしまう」
ゴールキーパーの河田晃兵は振り返る。
「ウチがしのいでカウンターを狙うか、クリアで割り切るかという展開しか無くなっていたので、そこで点を取られてダメージは大きかったです」
甲府の台所事情は“ぎりぎり”だ。何も起こらないようにする交代はできても、「何かを起こす」手を打てない――。そのような勝負どころの火力不足は明らかだった。宮崎純真の負傷により、切り札をベンチに残せなくなった用兵も痛かった。ただ何とか1-1のまま延長戦に入ることができた。
広島はエゼキエフが痛み、チームが5名の交代枠を使い切ったなかで無理を押してプレーしていた。「6人目の交代枠」が追加される延長戦の開始を待ち、リスクを犯さない試合運びに切り替えていた。それもあって甲府は一息つくことができた。
大ベテランのミスを守護神が救う
山本英臣は甲府の主将を10シーズン務めた大ベテラン 【写真は共同】
ここは守護神がピンチを救った。河田は試合後のヒーローインタビューで、このように語っている。
「長年このクラブを支えている山本英臣という素晴らしい選手がいるんですけど、ハンドを取られたのが彼だったので、このまま終わらせるわけにはいかないと思って……」
山本は2003年に甲府へ加入して、今シーズンが在籍20シーズン目。存続の危機から脱したばかりのクラブに加入し、2018年まで10シーズンに渡ってキャプテンも務めた。サッカーの理解や洞察、コミュニケーション力、仲間に慕われる人柄を兼ね備えた選手で、このクラブのいわば拠りどころであり続けてきた。
河田はPKストップで広島の勝ち越し点を許さず、120分の激闘は1-1の痛み分けとなった。
PK戦の先攻は広島。河田が相手の4人目を止め、甲府は4人連続で成功。そして甲府の5人目のキッカーは山本英臣だった。
「今思い返すとちょっと怖いですけど(笑)あのときは意外と冷静に、1回救ってもらった命というのもあって、思い通りのキックがしっかりできた」(山本)
致命的なミスを犯したクラブのレジェンドが仲間に救われ、しかも最後のPKを決める――。そんな“小説より奇”な展開で、現実は完結した。