甲府をACL初勝利に導いた「J2の底力」 タイの絶対王者攻略を支えたチーム力と『他サポ』の後押し

大島和人

甲府は長谷川元希の決勝点でブリーラムに1-0で勝利した 【Photo by Masashi Hara/Getty Images】

 2023-24シーズンのAFCチャンピオンズリーグ(ACL)には、日本から4クラブが出場している。ヴァンフォーレ甲府はJ2ながら、昨年度の天皇杯を制したことでACLへの出場資格を得た。甲府は経営的にJ2のおおよそ平均に位置するスモールクラブで、年間の売上は他のJ代表3クラブ(横浜F・マリノス、浦和レッドダイヤモンズ、川崎フロンターレ)に比べると3分の1以下だ。

 しかもJITリサイクルインクスタジアムがアジアサッカー連盟の規定を満たさず、今大会は経営的な重荷ともなりかねないホームゲームの国立開催を選択した。クラブは収入と応援の両面でチームを支えるため、都内の主要駅にポスターを張り出すなど、「他サポ」の来場を懸命に呼びかけていた。Jリーグの応援席、いわゆるゴール裏には「関係ないクラブのユニフォームを着て入らない」という不文律がある。しかし今回はクラブ公認の例外で、ゴール裏の一角がカラフルなユニフォームで埋まり、「J2代表」に声援を送っていた。

 そんなチームがACL2戦目にして、大会初勝利を掴んだ。合計勝ち点4でグループHの2位に位置している。

タイの絶対王者に「控え組」で立ち向かう

 甲府はグループステージで、メルボルン・シティFC(オーストラリア)、ブリーラム・ユナイテッド(タイ)、浙江FC(中国)と同じ組に入っている。9月20日のメルボルン戦は、乗り継ぎを含めると26時間かけてアウェイまで移動する長旅だった。結果は0-0のスコアレスドローで、チームは「勝ち点1」を確保してクラブ史上最長の大遠征から戻ってきた。

 10月4日の国立で迎えたブリーラムは、初戦で浙江を4-1で下している。このグループではもっとも手強い相手と予想されていた。

 ブリーラムは2年連続三冠を達成しているタイの絶対王者で、強力な外国籍選手と複数のタイ代表を擁するタレント軍団だ。ボランチで起用されていたティーラトンは横浜FM、ヴィッセル神戸でプレーしていたレフティーで、センターバックのキム・ミンヒョクもサガン鳥栖に5シーズン所属していた選手。193センチの巨漢FWロンサナ・ドゥンブアのような「飛び道具」もいた。

 しかも甲府は強行日程の中で、難敵を迎えていた。J2のリーグ戦も佳境で、甲府は第37節を終えて勝ち点56の6位。自動昇格はやや厳しい状況だが、昇格プレーオフ圏内に踏みとどまっている。ACLと並行しながら直近の5試合を無敗(2勝3分け)で切り抜けていて、そちらも「負けられない戦い」だ。チームはいわゆるターンオーバーを採用し、直近の水戸ホーリーホック戦から先発を9人も入れ替えていた。ブリーラム戦の先発は控えメンバーが中心だった。

切り札の投入から攻勢に

 前半45分は耐える展開だった。篠田善之監督は振り返る。

「彼らがローテーションをしてボールを動かしてくるのに対して、なかなかファーストディフェンダーが決まらなかったことが一つ(苦戦の)原因にありました」

 ブリーラムはサイドバック(SB)のササラク・ハイプラコーン、ラミル・シェイダエフ、ティーラトンが左サイドでユニットを組んでいた。ピッチを広く使い、流動的な位置取りを織り交ぜつつ「5つのレーン」をまんべんなく使ったボール回しが有効だった。

 ただ後半は甲府が守備の修正から立て直し、さらに交代選手の起用で流れをつかんでいく。59分には温存していた切り札の長谷川元希、クリスティアーノが2枚替えでピッチに入る。長谷川は法政大から加入して3シーズン目で、背番号10を背負うチームのエース。長谷川が左MF、クリスティアーノがセンターフォワードに入った。

 この二人の登場が反攻のスイッチになった。キャプテンで右SBの関口正大はこう説明する。

「クリスティアーノと長谷川が入って、選手の特徴が変わりました。ホームなので1点を取りに行くという方向性がそこで決まったかなと思います」

 長谷川はリーグ戦との兼ね合いで、アウェイのメルボルン戦に帯同していない。彼にとっては初のACLだった。

「出るとは言われてないですけど、自分としては状態が良いので、多分どこかで使われるだろうなと思っていました」

90分、待望の先制点

【Photo by Hiroki Watanabe/Getty Images】

 押し込んでも決め切れない展開で、0-0の膠着(こうちゃく)状態は続いていた。しかし90分、記念すべき「ACL初ゴール」がついに生まれた。甲府が右サイドの高い位置でスローインを得て、クリスティアーノがボールを手にしていた。関口はスローインを足元で受けようとする様子だったが、チームメイトの様子を見て、違うアクションに切り替える。

「クリスはロングスローがあるので、中に入れるかなと思ったんですけど、クロスも早いボールを上げられる。それをやった方がいいかなと思って(自分がスローインを)やりました」

 クロスを蹴りたそうな仲間の様子を察した関口はボールを受け取ると、すかさずクイックリスタート。右大外でボールを受けたクリスティアーノは、踏み切りが不十分な難しい体勢から、強引なクロスをファーに上げた。

 DFの枚数は揃っていたが、対応はややルーズだった。そこで待っていたのが長谷川だ。

「相手はちょっと身長が低かったので、叩けると思って、そこにいいボールが来ました。あとは本当に合わせるだけでした」

 長谷川はそのままゴール裏に駆け出す。チームメイト、スタッフ、そして監督がヒーローを追いかけた。

「(長谷川)元希のヘッドが決まったときには、ちょっと真っ白になりました。元希のところに行こうと思って走ったんですけど、なかなか追いつけなくて、ドクターに抜かれたり、色んな人に抜かれて……。自分のスプリントのスピードがなかったことに、ちょっとショックを受けています(笑)」(篠田監督)

 キャプテンは監督より冷静だった。関口と中村亮太朗の「新潟明訓コンビ」はピッチ内にとどまっていた。

「僕もゴール裏に行きたかったんですけどね。全員が行くと雰囲気的にふわふわしちゃうと思って、僕はセンターサークルで待っていました。ただ真ん中で聞いていてもすごい歓声でした」

1/2ページ

著者プロフィール

1976年に神奈川県で出生し、育ちは埼玉。現在は東京都北区に在住する。早稲田大在学中にテレビ局のリサーチャーとしてスポーツ報道の現場に足を踏み入れ、世界中のスポーツと接する機会を得た。卒業後は損害保険会社、調査会社などの勤務を経て、2010年からライター活動を開始。取材対象はバスケットボールやサッカー、野球、ラグビー、ハンドボールと幅広い。2021年1月『B.LEAGUE誕生 日本スポーツビジネス秘史』を上梓。

新着記事

編集部ピックアップ

コラムランキング

おすすめ記事(Doスポーツ)

記事一覧

新着公式情報

公式情報一覧

日本オリンピック委員会公式サイト

JOC公式アカウント