憧れのメイウェザーと邂逅 ラスベガス合宿を経て、渡来美響が新境地へ向かう

船橋真二郎

ドン・ハウス・トレーナーと渡来美響。ラスベガスのメイウェザージムで 【写真:本人提供】

「もっと自分のスキルを信じろ」

「もっと自分のスキルを信じろ」。ラスベガスのベテラン、ドン・ハウス・トレーナーは諭すように日本の若き才能に言ったのだという。「お前には、スキルは十分ある。スピードもパワーもある。ディフェンスもできるし、カウンターも打てる。だけど」――。

 ドン・ハウスとは、元世界ライト級3団体統一王者のジョージ・カンボソス・ジュニア(豪)、元WBC世界ヘビー級王者のデオンテイ・ワイルダー(米)、世界のトップで戦うボクサーたちが現在も教えを乞い、かつては日本の元WBC世界スーパーバンタム級王者、西岡利晃(帝拳)が師事したこともあるなど、豊富な経験と実績があるトレーナーである。

 何より熱のこもった言葉には心に迫ってくるような力があったという。だからこそ、その言葉が意味するところを渡来美響(わたらい・みきょう、三迫)は追い求めてきた。

「お前は自分を信じ切れていない。自分を信じ切らないといけない。自分を信じるんだ」

ゾーンに入るメイウェザーの境地

渡来は2月13日、後楽園ホールでプロ5戦目に臨む 【写真:船橋真二郎】

 スマホのタイマーをセットして、シャドーボクシングを始める。3分動いて、1分休む。ジムの時間は基本的には決まったリズムで刻まれる。だが、渡来だけは違った。1分のインターバルも動きを止めない。次のインターバルも。また次も……。

 2月13日に後楽園ホールで10勝6KO1分無敗のアリ・カネガ(比)とのプロ5戦目(4勝2KO)を控え、東京・練馬の三迫ジムでジムワークに打ち込む25歳のスーパーライト級ホープの姿は異彩を放っていた。

「メイウェザーは30分以上、これをやるそうです。僕はまだ10分も続かない」

 宙に向かって左右の拳を繰り出す。ステップを踏み、ポジションを変えては拳を放ち、ボディワークを織り込んでは拳を伸ばす。汗を滴らせ、一心に見えない相手と戦い続けること10分強。これを何度か繰り返すと、次はサンドバッグに向かい、また自分だけのリズムを刻み続けた。

 続かないと渡来が言うのは体力ではない。研ぎすまされた集中力。気がついたら時間が過ぎていたというような。求めているのはいわゆる“ゾーンに入った”状態。通算50戦全勝と無敵を誇った元世界5階級制覇王者、フロイド・メイウェザー・ジュニア(米)の境地でもある。

「集中すると言っても、いろいろな集中があると思うんですよ。その言葉では言い表せない感覚、『こういう集中力だ』みたいなのをハウスに教えてもらいました。あの人、歳はいってるんですけど、シャドーで見せてくれて。それが『え、なんでこんな動きができるの?』って、ビックリするぐらい速いんですよ。『こういうことか』って、集中力のニュアンスが伝わってくるんです」

 これ以上ないぐらい求めていた人と巡り会えた。

自分のボクシングスタイルのルーツの場所へ

 昨年10月中旬から5週間。米国合宿を敢行した。最初の2週間はロサンゼルスに滞在。前半は元世界ヘビー級3団体統一王者のアンディ・ルイス・ジュニア(米)、元世界2階級制覇王者のオスカル・バルデス(メキシコ)らを指導したマニー・ロブレス・トレーナーが運営している「ノックアウト・ボクシング・ファシリティー」、後半は三迫ジムOBの座間カイ・トレーナーが常駐している「フォーチュンジム」でスパーリングを重ね、元IBF世界スーパーライト級王者のセルゲイ・リピネッツ(カザフスタン)とも手合わせした。

 が、日本を発つ、ずっと前から目的地は定まっていた。「メイウェザー・ボクシング・クラブ」。最初からラスベガスに単身飛び込まず、まず伝手のあるロサンゼルスで足場を固めたのが大正解だった。

「ただ行くだけ、スパーリングだけじゃなくて、向こうでしっかりマンツーマンで見てもらえるトレーナーを付けたかったので」

 ロサンゼルスにいる間に紹介を受けたのがドン・ハウスだった。普段はラスベガスの別のジムにいるということだったが、メイウェザージムに来てもらえることになった。

 渡来がメイウェザージムにこだわったのには訳がある。5歳でグローブを握り、中学2年からロールモデルにしてきたのがメイウェザーだった。いわば自身のボクシングスタイルのルーツとなる場所で、憧れの存在が吸っていた空気を吸い、「今までやってきたことが合っているのか」を確かめたかった。

 ハウスはまさにうってつけの人物だった。

「メイウェザー・シニアと幼なじみで、ずっと一緒にボクシングをやってたみたいなんですよ。で、ジュニアを(ボクサーとして)育てたのはシニアだったじゃないですか。仲が良かったから、シニアがどんなふうにジュニアを育てたかを実際に見て、知ってるんです。僕が『メイウェザーのことが好きなんだ』と伝えたら、『これだ!』っていうことを全部教えてくれました」

 熱っぽく英語で語りかけ、翻訳サイトで日本語に訳したスマホの画面をかざし、ときに自らの動きで示してみせ、ハウスは熱心に伝えようとしてくれたという。

「日本人っぽいというか。すごく丁寧だし、親身になってくれて」

 もちろん、ハウスには相応の対価を払い、ジムにも場所代を払っている。が、それ以上の関係を築くことができたと自負している。渡来が振り向かせたからだ。

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著者プロフィール

1973年生まれ。東京都出身。『ボクシング・ビート』(フィットネススポーツ)、『ボクシング・マガジン』(ベースボールマガジン社=2022年7月休刊)など、ボクシングを取材し、執筆。文藝春秋Number第13回スポーツノンフィクション新人賞最終候補(2005年)。東日本ボクシング協会が選出する月間賞の選考委員も務める。

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