憧れのメイウェザーと邂逅 ラスベガス合宿を経て、渡来美響が新境地へ向かう

船橋真二郎

ラスベガスの濃密な日々

昨年の秋、渡来はロサンゼルス、ラスベガスで5週間の合宿を敢行した 【写真:本人提供】

 11月に入って、ラスベガスに移動。初日はハウスとのマンツーマンのジムワークだった。自分を試している空気をひしひしと感じ、力を示すつもりで目いっぱい動くと、練習メニューの意味、取り組み方、気持ちの入れ方など、丁寧に教えてくれるようになった。

 効果てきめんだったのは、やはりスパーリングだった。1度目を終えると、ハウスの熱はさらに増した。2週目のパートナーにハウスが指名したのがジムで唯一の白人ボクサーだった。

 珍しいスロバキア人ボクサーは、1週目にスパーリングを見てきて、渡来が「ヤバいのがいるな」と気になっていた1階級上のウェルター級だった。体格が上の相手だろうと、ことごとく血まみれにし、自分はいつも無傷のまま。「ちょっと、勘弁してよ」と内心では思っていた。それも、その前々日に予定していたスパーリングの相手が「バックレて」、急きょ前倒しでやることに。

「心の準備ができてなかったんですけど(笑)、意外とできちゃって。相手が悔しがるような内容でした」

 それから、メイウェザージム全体が「こいつ、やるじゃん、みたいな雰囲気」になり、明らかに渡来を見る目や対応が変わったという。

 自身のルーツをたどるハウスとの濃密な日々は、2週間で終わりを告げる。12月に重要な試合を控えていたワイルダーのチームに加わるためだった。

 最終日は例のスロバキア人ボクサーと3度目の手合わせ。「一番いいスパーリングだった」と手放しで称えてくれた。

 ハウスが旅立った11月16日には、“ネクスト・メイウェザー”とも称され、渡来が「いつか自分が交わる相手」と意識するシャクール・スティーブンソン(米)の3階級制覇をかけたWBC世界ライト級王座決定戦を観戦。試合会場のT‐モバイルアリーナでは嬉しい邂逅があった。

 リングサイド最前列のど真ん中に陣取るメイウェザーをキャッチし、記念撮影に成功。ものの10秒足らずでセキュリティーに引き離されたが、千載一遇のチャンスを逃さなかった。

「アメリカにいるからこそ強気になれました(笑)。並んでみて、僕より体格は小っちゃいぐらいに感じました。あのサイズでウェルター級とかでやっちゃうんだから、自分にもできないことはないなって」

 ラスベガス最後の1週間はメイウェザーの叔父で、シニアの末弟・ジェフが練習を見てくれた。本来ならメイウェザー一族にはかなり高額な対価を払わなければならないところ、「俺の代わりに見てやってくれ」とハウスが頼み込んでくれたのだという。

新境地への一歩

ラスベガスのT‐モバイルアリーナで憧れのフロイド・メイウェザーと 【写真:本人提供】

「僕は黒人のボクシングが世界一だと思ってて、メイウェザーを基本として、これまでの日本の固定された教え方とは違った路線でやってきました。やってきた方向性としては合っていたな、ということは今回で確認できましたし、一言で言えば、行けるな、と思いました」

 ハウスに教えられたのは、L字ガードがどうのと表面的なことではない。一つひとつの動きや練習に込められた、言うなれば、メイウェザーのボクシングのエッセンス。それを理解することができ、ハウスとのコミュニケーションがスムーズに成立したのは、長い時間をかけて、自分がメイウェザーと本気で向き合ってきたからこそ、と感じた。

 だが、だから、強くなれた、とは渡来は思わない。学んできたことを自分のボクシングにどう落とし込んでいくか。ここからが本当の戦いになると考えている。

 昨年8月のプロ4戦目では無敗の中国人サウスポーに苦闘を強いられた。事前に確認していた映像、戦績とは真逆の戦い方、パンチ力に「面食らった」が、準備してきたプランを切り替え、判定勝ちで切り抜けた。「試合では想定外のことが起きるもの」。無敗には理由があるのだ。この段階で「ヤバい」と感じた状況を乗り越えた経験を前向きに捉える。

 次の2月13日も無敗のフィリピン人であるアリ・カネガが相手になる。決め打ちはせず、どう出てきても、何があっても、柔軟に対応できる集中力を研ぎすませ、自分のスキルを高めることに注力してきた。

「もっと自分のスキルを信じろ」

 ドン・ハウスの言葉を渡来はこう捉える。もっと近い距離でスキルを生かせ――。

「ずっと自分が磨いてきたディフェンスには自信があるんですけど、自分の距離は遠い距離で、そこでよける動きには特に自信を持ってたんですよ。でも、意外と近い距離でもよけられることが分かってきて」

 これまでは相手のパンチをかわして、カウンターを取るなど、リアクション主体のボクシングだったが、主体的に相手を動かし、自分から展開をコントロールしていく。より攻撃的な距離でこそ、スピード、パワー、ディフェンス、カウンター、それらを駆使した自分のスキルを最大限に生かせるのではないか、と。

 スパーリングで試行錯誤を繰り返し、あえて足を止め、下がらないことを自分に課したこともあった。力が入り過ぎ、スピードを失ったこともあった。

「試合までにベストの距離感をつかめたら」

 目指す場所、ボクシングの完成形はまだ先。それでも自分を信じて。新境地へと渡来が大きな一歩を踏み出す。

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著者プロフィール

1973年生まれ。東京都出身。『ボクシング・ビート』(フィットネススポーツ)、『ボクシング・マガジン』(ベースボールマガジン社=2022年7月休刊)など、ボクシングを取材し、執筆。文藝春秋Number第13回スポーツノンフィクション新人賞最終候補(2005年)。東日本ボクシング協会が選出する月間賞の選考委員も務める。

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