今、元世界3階級制覇王者の田中恒成が思い描く未来 4団体統一、5階級制覇、そして井岡一翔へのリベンジ――

船橋真二郎

元世界3階級制覇王者の田中恒成 【写真:船橋真二郎】

最速3階級制覇王者の軌跡

「俺がベストな階級でやっていったら、5階級制覇は自然とできるものだと思ってます。全然、不可能な数字とも思ってないですね。実現可能な範囲で立てた目標」

 いつか田中恒成(畑中)がさらっと話してくれたことをよく覚えている。当時、田中は21歳。日本最速記録となる5戦目、19歳でWBO世界ミニマム級王座を奪取したのに続き、前年の暮れに井上尚弥(大橋)と並ぶ日本最速タイ8戦目で2階級制覇を達成したところだった。

 そして、翌2018年9月にはWBO世界フライ級王者の木村翔(青木=当時)との激闘を制し、ワシル・ロマチェンコ(ウクライナ)と同じ12戦目、今度は世界最速タイ記録で3階級制覇を成し遂げることになる。

 井岡一翔(現・志成)が30歳で日本人男子初の世界4階級制覇王者となったのは9ヵ月後の2019年6月のこと。日本ボクシングの次代を担う若き才能が5階級という未踏の目標を「実現可能な範囲」と気負いなく口にしたのは、つまり日本人がまだ4階級目にも到達していない頃のことだった。

 ボクサーとしてもスピードを最大の武器とし、世界の3つの頂を最速で駆け上がってきた田中に待ったをかけたのは、言うまでもなく4階級制覇王者の井岡である。

 2020年の大晦日に実現した注目の新旧対決。「格の違いを見せる」とプライドを示した井岡に対し、田中は「世代交代」を高らかに宣言。世界最速16戦目で4階級目のベルトを狙ったが、結果は8回TKO負けに終わった。5回、6回と続けて2度のダウンを奪われたのと同じ左フックで大きくよろめいたところをレフェリーに抱きとめられ、プロ初黒星を喫した。

 あれから間もなく3年――。1年後の2021年12月に再起を果たし、いずれも世界ランカーの石田匠(井岡)、橋詰将義(角海老宝石)、ヤンガ・シッキボ(南アフリカ)、パブロ・カリージョ(コロンビア)に4連勝。スーパーフライ級で世界主要3団体(WBA、IBF、WBO)の上位につけ、ボクシングの内容でも着実に進化の跡を見せてきた。

 昨年6月、約8年ぶりの東京・後楽園ホールで橋詰を5回TKOで下した田中は「今、本当に世界チャンピオンになりたい」と抑えきれない思いを吐露。6ヵ月後にシッキボを大差の判定で下したリングでは「来年、4階級制覇します!」と決意表明してみせた。

 さらに今年5月、鮮やかな右ショートカウンターでカリージョを最終10回にストップすると「今日、このリングでも進化を自分の中で感じられたので。この成果を世界チャンピオンという結果として、必ず今年中に見せたい」と語り、心技体とも準備万端を感じさせた。

 だが、待望の時はいまだ訪れていない。

感情を出して喜ぶぐらいのチャレンジを

名古屋の畑中ジムで村田大輔トレーナーとミット打ち 【写真:船橋真二郎】

 名古屋の畑中ジムに田中を訪ねたのは10月の半ば。約2時間のジムワークと体のケアを終え、別の場所で話を聞かせてもらうことになった。

 カリージョ戦の1ヵ月後にはコンビを組む村田大輔トレーナーとともにアメリカ・ミネソタ州ミネアポリスに飛び、無敗(15戦全勝8KO)のIBF世界スーパーフライ級王者フェルナンド・マルティネス(アルゼンチン)が、同じく無敗(18戦全勝12KO)を誇るサウスポーで同級1位のジェイド・ボルネア(フィリピン)を11回TKOで退けた2度目の防衛戦を会場で視察した。

 短躯で好戦的なカリージョは、いわば仮想・マルティネスだった。水面下で交渉が進んでいたが、実は自身のケガでふいにしてしまったのだという。

 4階級制覇を目指してフライ級のベルトを返上したのが2020年1月31日のこと。高校3年生だった2013年11月10日、世界ランカーを下してプロデビューを飾ってから10年。キャリアのほとんどを世界チャンピオンとして戦ってきた田中が無冠になり、4年近くになる。

 移動の車中でハンドルを握りながら、ふと田中が口にした。

「どんどん新しいのが出てきてますよね。中谷潤人、那須川天心、重岡兄弟とか」

 その横顔はどこまでも穏やかではあったのだが。

 依然としてスーパーフライ級の世界王座(WBA)の一角を占める井岡は、WBC王者ファン・フランシスコ・エストラーダ(メキシコ)との統一戦を交渉中とも伝えられる。その井岡が返上したWBO世界スーパーフライ級王座をアメリカ・ラスベガスのリングで華々しく戴冠、2階級制覇を果たした25歳の中谷潤人(M.T)が存在感を増している。

 長く雌伏の時を過ごしてきた元世界3階級制覇王者は今、何を思うのか――。

――常に世界チャンピオンでいたのが、そういう立場ではなくなってから4年近くになります。今の感覚としては、自分のいるべき場所に「這い上がっている」というのが近いでしょうか。

 うーん……。こういう時期もあるよね、みたいな。これはこれでいいのかなっていう感じですかね(笑)。

――遠回りというより、回り道をしているような?

 まあ、必要だったんだな、というか。今がすごくいい時間になってるんで。自分のボクシングも変わって、自分の考え方、価値観、プライベートも含めて生活もいいように変わったし。まあ、変えたかったんで。いろんな意味で成長できたし、人生が楽しくなりました(笑)。

――今、世界チャンピオンに対する思いは?

 これまで当たり前のように世界戦をやってましたけど、俺、満足してなかったじゃないですか。例えば知名度だったり、舞台だったり、いろんなものに満足できてない自分がいて、そこばかりフォーカスしてましたけど。あらためて世界チャンピオンでいることのありがたさは感じてます。あのときはよかったんだなって。こんなの(取材)も久しぶりだし(笑)。

――ライトフライ級当時、「やっているうちに自然と5階級制覇していると思う」ということを、それこそ自然に話していて、すごいなと思ったことを覚えています。

 まあ、世界チャンピオンになるっていう夢みたいな目標を立てて、頑張って(ミニマム級で)世界チャンピオンになったとき、また夢みたいな目標を立てようと思って、5階級っていう目標は立てたんですけど。すぐに2階級目を獲って、また階級を上げる頃には、もう5階級ぐらいは絶対にできると思ってたと思います。だから、そういう言葉を使ったんだと思うんですけど。

――今、5階級制覇という目標については?

 4階級目で負けたときに「あ、難しいんだ」って思いました。やっと。でも、やっぱり、100%できると思ってます。5階級ぐらい(笑)。まあ、難しいということはよく分かったけど、そこは変わってないです。

――これまでのようには4階級目は獲れなかったけど。

 獲れると思ってます。いまだに。まあ、思ってたより難しいから、できたらできたで嬉しいんだろうな、とは思いました。そこまで「嬉しい!」みたいになったことがないんですけど。

――これまでに1度もなかった。

 そうですね。自分ができると思ってることしかやってないんで。感情を出して喜ぶほどのことを経験できてないから、そういう経験をしてみたいです。

――もう、我を忘れちゃうぐらい感情を出して。

 うん。喜んでみたいです。それぐらい頑張った先の勝利をつかみたい。これまでも一生懸命、やってたはずだし、チャレンジマッチとか、チャレンジしてるなとか、言われることもあったと思いますけど、そんな感情になったことがないから。俺の中では、(求めているのは)その程度のチャレンジじゃないんですよね。

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著者プロフィール

1973年生まれ。東京都出身。『ボクシング・ビート』(フィットネススポーツ)、『ボクシング・マガジン』(ベースボールマガジン社=2022年7月休刊)など、ボクシングを取材し、執筆。文藝春秋Number第13回スポーツノンフィクション新人賞最終候補(2005年)。東日本ボクシング協会が選出する月間賞の選考委員も務める。

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