「邪道」と言われても貫いてきたメイウェザースタイル 難関の中量級で「本場ラスベガスを目指す」渡来美響

船橋真二郎

念願のプロデビューを飾った渡来美響は大きな未来を描く 【写真:矢野森智明】

もう夢でもなく、憧れでもない

 2022年4月12日。アマチュアで92戦(77勝19KO・RSC15敗)のキャリアを積んだ当時23歳の新人ボクサーは、あふれる笑顔とともに念願のリングに向かった。東京・後楽園ホールは関東大学リーグ戦を戦った馴染みの場所。だが、目に映る景色も、胸に湧き上がってくる希望もまったく違うのだろう。リングインしてからも笑みがこぼれるのを抑えられなかった。

「僕は子どものときからボクシングをやってきて、プロになって、世界チャンピオンになるのがずっと夢だったので。その第一歩を踏めて、本当に嬉しい気持ちです」

 セミファイナル前に行われたスーパーライト級6回戦。渡来美響(わたらい・みきょう、三迫)は試合後のリングで、鮮やかな4回TKO勝ちで飾ったプロデビュー戦を少年のように振り返ると、思い描く未来を問われ、堂々と宣言した。

「憧れであるメイウェザーのように、ラスベガスの本場でメインイベントを張れるような選手になりたいと思ってます」

 中学2年のとき、当時のトレーナーからフロイド・メイウェザー(アメリカ)のボクシングを勧められた。以来、左腕を下げ、カギ型に曲げてボディを、内に絞った左肩を上げてアゴを守り、右の拳をアゴの前辺りに置く、いわゆるL字ガードと呼ばれる攻防技術を追求してきた。

 神奈川・武相高校時代は2年時の国体で準優勝、3年時のインターハイは3位、東洋大学では3年時の国体で3位と優勝には手が届かなかった。

「アマチュアで勝つためにボクシングをつくっていたら、優勝はできたかもしれません」

 それでも特にアマチュアでは「邪道」と見られることの多かったというスタイルを貫いてきたのは「プロで世界一になるため」。高校、大学で数多くの試合をこなし、さまざまな選手と場数を踏む中で、独自のボクシングをつくりあげるという信念、かたくななまでのこだわりを持ってきた。

「もともとディフェンスを重視して、とにかくパンチをもらわないボクシングをしていましたし、視界が狭くなるのでガードを邪魔に感じていたんですよ。目でよけるタイプには、L字は視野が広くなって、カウンターを取るにも最適なので。邪道と言われても気になりませんでした(笑)」

 つまり、渡来にとっては約10年かけて自分のものにしてきたスタイルをベースにして、結果を求めるのがプロのリング。もう夢でもなく、憧れでもない。目標への第一歩を踏み出した渡来はデビューから1年後、目指す場所と自分との現実的な距離感を確かめるべく行動に移した。

世界トップレベルの実力は……

アメリカでシャクール・スティーブンソン対吉野修一郎を観戦した 【Photo by Elsa/Getty Images】

《シャクール、実物を見るのと見てないのでは、練習の質に大きな差が開くと思った。これから自分は本当に死ぬ気で練習できると思う。あれを見たら恐ろしくなって、ボクシング辞めるやつもいると思うほどの迫力だった》

 2023年4月9日(日本時間)、渡来は率直な思い、そして覚悟をTwitterに綴った。発信地はアメリカ・ニュージャージー州ニューアーク。シャクールとは、シャクール・スティーブンソン(アメリカ)のこと。リオ五輪バンタム級銀メダリストで、プロでは4年足らずでフェザー級、スーパーフェザー級で世界2階級制覇を達成した。

 その“ネクスト・メイウェザー”とも称され、抜きんでたディフェンス技術を誇る世界トップレベルのサウスポーが、故郷のリングに渡来のジムの先輩・吉野修一郎(三迫)を迎え、WBC世界ライト級挑戦者決定戦で相まみえることになった。

 といってもチームの一員として同行したのではない。誘いに乗った大学の先輩と一緒に自費で渡航し、現地まで足を運んだ。「表向きは吉野さんの応援に(笑)」。実際は居ても立っても居られない衝動に突き動かされて。

「ずっとスパーリングをやらせてもらってきて、吉野さんの実力はよく知っているので、僕の中に基準があるじゃないですか。今の全階級で僕が頂点に近いと思っているのがスティーブンソンで、その実力を測りやすいなと思ったので。これはもう行くしかないと」

 1ラウンドは冷静に見ることができなかったという。渡来が確保したのはリングサイド席の前から5列目。「本当に吉野さんとスティーブンソンが同じリングに立っている」と目の前の光景に高揚感を覚えたこともある。何より試合が始まる直前、すぐ右斜め前で乱闘が勃発し、ひとりが殴られて失神するという一騒動があったからだった。これも現地観戦ならではのリアルだろう。

 当事者が警察に連れ出され、なぎ倒された椅子が元通りにされ、落ち着きが戻った2ラウンド。吉野がダウン。さらに4ラウンドに再び倒され、6ラウンドでレフェリーがストップ。「こんなにも違うのか……」。試合が進むにつれ、渡来の心に広がったのは「絶望感」だったという。

圧倒的な迫力にも決意は揺らがない

 迫力――。その一語に渡来は実感を込めた。「テレビで見るのと実際に見るのとでは、まったく違った」。世界的に層が厚く、スピード、パワー、テクニックをハイレベルで備える中量級で頂点を目指すことの意味を思い知らされた。

「ああいう場所で、ああいう選手とやることを目指して、今まで僕なりに練習して、ボクシングをつくってきたつもりだったんですけど。まだまだ及ばない領域だったなと感じました」

 ただ願望で「ラスベガスで戦いたい」というのではない。本気で目指している選手なら、Twitterで吐露したとおり、反応は2つに分かれるのではないかと渡来は言う。

「あいつらと戦って、勝つと考えたら、こんなレベルじゃいられない、今のままの練習じゃ絶対に無理だと本当の危機感を持つと思います。それか、自分には及ばないと辞めることを選ぶ選手もいると思う。あいつらとやったら、負けるだけじゃ済まされない、殺される可能性だってある、高い意識でやっている選手ほど、それぐらいの迫力を感じるはずです」

 ライト級に進出してきた同世代のスティーブンソンのことは、いずれスーパーライト級に階級を上げてきて、「いつか自分と交わる相手」という意識で見ていた。が、その圧倒的な迫力を目の当たりにして、絶望感を覚えても「これから自分は本当に死ぬ気で練習できる」と決意が揺らぐことはなかった。

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著者プロフィール

1973年生まれ。東京都出身。『ボクシング・ビート』(フィットネススポーツ)、『ボクシング・マガジン』(ベースボールマガジン社=2022年7月休刊)など、ボクシングを取材し、執筆。文藝春秋Number第13回スポーツノンフィクション新人賞最終候補(2005年)。東日本ボクシング協会が選出する月間賞の選考委員も務める。

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