吉野修一郎が「ネクスト・メイウェザー」と対峙して体感したもの ライト級以上の中量級で世界を目指す難しさ

船橋真二郎

4月、吉野修一郎はアメリカでWBC世界ライト級挑戦者決定戦を戦った 【Photo by Mikey Williams/Top Rank Inc via Getty Images】

ここ10年で誕生した世界王者は村田諒太だけ

 2023年も半分がすぎた。この間に数々の世界タイトルマッチが行われ、寺地拳四朗(BMB)が代役ということを忘れさせるぐらいイキのいい挑戦者、アンソニー・オラスクアガ(アメリカ)を激闘の末、劇的にストップし、早くも「年間最高試合候補」の声が上がったライトフライ級戦、アメリカ・ラスベガスでアンドリュー・マロニー(オーストラリア)を鮮烈すぎる一撃で斬って落とし、国内外で「年間最高KO候補」と称賛を浴びるとともに2階級制覇を果たした中谷潤人(M.T)のスーパーフライ級戦、強く記憶に刻まれる戦いもあった。

 それでも最大級のビッグネームに挑んだのが誰だったかとなれば、それは吉野修一郎(三迫、31歳)になるだろう。

 4月8日(日本時間4月9日)、アメリカ・ニュージャージー州ニューアークに乗り込み、世界挑戦権をかけたWBC世界ライト級挑戦者決定戦に臨んだ吉野のチャレンジは6回TKO負けに終わった。「向こうで勝つには、技術的にも戦術的にも、もっともっと上げていかないとダメだと感じた」と本場で“スター候補”と目されるシャクール・スティーブンソン(アメリカ)に世界トップレベルの力を思い知らされた。

 その決戦の舞台が世界タイトルマッチではなかったところにも、ライト級以上の階級で世界を目指す難しさが表れていると言えるかもしれない。

 あらためてデータを見れば、その差は歴然としている。2013年以降、ここ10年で新たに誕生した日本人世界王者はただひとり。ミドル級の村田諒太(帝拳)だけということになる。これがスーパーフェザー級以下なら初戴冠の新王者だけで計23人を数える。

 現在、井上尚弥(大橋)を筆頭に有数のタレントを擁する軽量級は、日本が中心と言って過言ではないほどの充実ぶりを誇る。だが、その活況の陰で日本人ボクサーが世界の舞台に到達することも至難だったのがライト級以上の中量級だった。吉野の戦いは日本中量級の挑戦でもあったのだ。

期待を集めた中谷正義も世界挑戦にはあと一歩

 近年、アメリカで3連戦し、ライト級で期待を集めたのが中谷正義(帝拳)だった。

 当時はセンセーショナルなKOを連発するプロスペクトだったテオフィモ・ロペス(アメリカ)に試合終了ゴングを聞かせ、元スター候補のフェリックス・ベルデホ(プエルトリコ)には劇的な逆転TKO勝ち。ライト級の世界3団体のベルトをロペスに明け渡したばかりの大物ワシル・ロマチェンコ(ウクライナ)の再起戦の相手に指名された。

 2021年6月、“ハイテク”と称され、直前までパウンド・フォー・パウンド最強の座にあったロマチェンコの超絶テクニックの前に9回TKO負け。その中谷にしても世界挑戦にはあと一歩、ロペスとのIBF世界ライト級挑戦者決定戦が最上位の舞台だった。

 昨年、スーパーフェザー級の元世界王者で、ライト級で王座返り咲きを目論んでいた伊藤雅雪(横浜光)を11回負傷判定で退け、中谷を6回TKOで打ち倒し、“国内ライト級最強”を証明した吉野に世界の夢は託された。

 世界的に選手層が厚く、海外が中心の中量級の壁に果敢に挑み、はね返された吉野と椎野大輝トレーナー(36歳)は何を感じたのか。19歳にしてリオ五輪バンタム級銀メダリストとなり、有力プロモーションのトップランクと契約。すでにフェザー級、スーパーフェザー級の2階級で世界を制している若きサウスポーの実力を体感したコンビに振り返ってもらった。

当たりそうで、当たらない

三迫ジムの吉野(左)と椎野大輝トレーナーのコンビ 【写真:船橋真二郎】

「1ラウンド後半の顔に当たった左フック。あれは感触ありました。こういうトップの選手にも自分のパンチが当たる、これは行ける、勝てるぞって、湧き上がってくるものがありました」

 吉野としては上々のスタートだった。だからこそ、2回も勢い込んで攻めた。右ストレートでスティーブンソンの顔を上げ、さらに「行ける」と好感触を得て、断続的に攻めた矢先だった。狙いすまされた左ショートカウンターであえなくダウンを喫した。

「足がそろったところにもらっただけで、効いていなかった」。気を取り直し、吉野はまた攻める。が、逆に「当たる」という手応えが結果的に裏目に出ることになる。

 あのフロイド・メイウェザー(アメリカ)が「ネクスト・メイウェザー」に指名し、その才能に惚れ込んだとされるスティーブンソン。最大の特長は“本家”と同様、際立ったディフェンス能力の高さだった。

 吉野と椎野トレーナーが立てた作戦のひとつが「ガードの上、腕、肩、体のどこでもいいからパンチを当てていくこと」だった。ライト級初戦のスティーブンソンにパンチの強さを印象づけ、あるいは腕が上がらなくなるぐらい痛めつけ、精神的に追いつめるという狙いがあった。ところが左フックが早々に顔面を捉えたことで、意識がクリーンヒット狙いに傾いたという。

 ラウンドが進むにつれて、思った以上に近い距離でどっしり構える標的に対し、「(パンチが)届く、当たる」という誘惑にとらわれた。「アウェーでもあったし、当てよう、当てたいという欲を抑えられなかった」。が、当たりそうで、当たらない――。

 優れた反射神経、身体能力を生かしたボディワークにかわされる。「本当にギリギリのところでよける」と吉野が舌を巻いた「空間支配力」と言うべき真骨頂を見せつけられた。

 吉野と同じく、当時は「距離が近いし、行ける」と感じていたという椎野トレーナーだったが、映像で試合を振り返り、スティーブンソンは意図的に「パンチが届く、当たると思わせる距離に位置取りしていたのではないか」と分析する。

スティーブンソンの「ムダのないボクシング」

「本人に聞かないと実際のところは分からないですけど」と前置きした上で、スティーブンソンはサウスポーの前の右足と右手で「相手を操作している」というのが椎野トレーナーの仮説だ。

 左構え対右構えのケンカ四つでは互いの前の足が近くなり、ときに邪魔になる。セオリーでは相手の前足の外を取り、外に回るスペースを握ったほうが優位とされる。その前の足の位置取りで吉野の動きを制限し、自分が動かしたいほうに動かしていたのではないかというのだ。

「前の足で相手を動かして、自分は後ろ足の最小限の動きでポジションを取る。それが巧いなと思いました」

 2回のダウンシーンもそうだった。右に回りながら、つまりセオリーとは逆の内に回りながら(動かされながら)攻めてくる吉野に対し、前の足を支点に後ろ足を少しずつズラすように角度を変えてロックオン。タイミングを合わせ、ストンと左を伸ばした。

「ある程度の力の差があったら、例えば、相手にジャブを出させて、カウンターを合わせるとかは簡単にできるんですけど、そういうことを超高い次元でやっているイメージです」

 そして前の手である。右ジャブはもちろん、クローズアップしたいのがオープニングヒットにもなった右フックだ。これで吉野はいきなりバランスを崩された。以降も要所に配された右で、たびたびつんのめった。これにも明確な意図があったと椎野トレーナーは見ている。

「吉野があそこまで体を振られることって、まずないんですけど、あれは引っかけるようにしてバランスを崩そうと狙って打っているはずです。これは効かせるパンチ、これは崩すパンチとか、すべて目的を持ってやっているんだと思います」

 プロ転向直後のスティーブンソンは、もっと足を使って、リングを広く使っていたが、「ムダのないボクシング」に変化してきた。バランスの取れたスタンスでどっしり構え、相手に打たせてカウンターを取る、スキを突いて素早く打つ。類まれなディフェンス能力を近い距離で生かし、攻守をスムーズに切り替えながら、効率よく、理詰めで戦う。

 4回には2度目のダウンを奪われた。スティーブンソンがワンツーから鋭く返した右フックを決めたもの。最初のワンツーには何とか反応し、ブロックと顔をそむけて受け流すスリッピングアウェーで被弾を免れた吉野だが、つなぎが短く、速い後続の右フックには反応が間に合わず、体勢が崩れて左のガードが外れたところを打ち抜かれた。

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著者プロフィール

1973年生まれ。東京都出身。『ボクシング・ビート』(フィットネススポーツ)、『ボクシング・マガジン』(ベースボールマガジン社=2022年7月休刊)など、ボクシングを取材し、執筆。文藝春秋Number第13回スポーツノンフィクション新人賞最終候補(2005年)。東日本ボクシング協会が選出する月間賞の選考委員も務める。

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