全日本卓球選手権を6年ぶりに制しパリ五輪へ好スタート 張本智和が「100倍価値がある優勝」と胸を張る理由

大島和人

張本智和にとっては6年ぶりの全日本制覇だった 【写真は共同】

 「激闘」「死闘」の言葉が似合う試合だった。最終7ゲーム目が16-14のスコアで決着すると、3連覇を逃した戸上隼輔は静かにうなだれた。勝者の張本智和は一瞬間を置いて、膝からコートに倒れ込み、そのまま突っ伏した。お互いがすべてを燃やし尽くした痕跡が、東京体育館のコートに刻まれていた。

 卓球の2024年全日本卓球選手権大会は最終日の28日に、男子シングルスの決勝戦を行っている。戸上隼輔は22歳の明治大生で2022年、23年の全日本を制していた。

 張本智和は20歳にして、日本を背負って世界と戦い続けてきた選手だ。13歳で日本代表入りを果たし、2018年の全日本選手権は史上最年少となる14歳208日で優勝を果たしている。東京五輪の男子団体銅メダリストで、世界ランキングも日本勢では常に首位をキープしている。ただし「全日本」のタイトルからは遠ざかっていた。

 試合はゲームカウント1-1から戸上が2ゲームを連取し、「王手」を掛けた。張本は第5ゲームを10-5としてセットポイントを迎えるが、そこから4ポイントを連取されてしまい、ここでタイムアウトを取る。張本がこの直後のポイントを取り、11-9としてゲームカウントを2-3と戻した。

 第6ゲーム14-12、第7ゲーム16-14というスコアが示すように最後の2セットは激闘で、戸上が「決めれば大会制覇」となるチャンピオンシップポイントは8回もあった。しかしそのすべてを張本がしのぎ、ゲームカウント「4-3」でこの大一番を制している。

戸上を「ライバル」と認めて消えた油断

 張本智和は試合を終えると戸上隼輔に歩み寄り、短く言葉をかわしていた。

「おめでとうと言われて、『1位も2位も僕らの間には存在しない。たったの2点差。1位と2位だけど、僕たちの差はない』と言いました。2人は正真正銘、互角のライバルだと今日確信しました」(張本)

 昨年の全日本選手権決勝は、同じ顔合わせで張本が敗れた。今年の決勝も、途中までは昨年と同じような展開だった。

「(ゲームカウント)1-3になった時点で、去年と同じ展開になりました。去年は5ゲームを取っても6ゲーム目を取られました。(今年も)6ゲーム目のファイブツー(5-2)から追いつかれたり、やはり強いなと思いました」

 昨年と今年では張本選手の心境、ライバルとの向き合い方に違いがあった。

「去年より戸上選手のことを自分と互角のライバルだと認識していたからこそ、あまり焦りがなかったです。去年は心の中に『自分が勝てるんじゃないか。有利じゃないか』という、わずかな油断があったかもしれません。今年はお互いに認め合って、もう本当に7ゲーム戦い合うんだという関係でした。1-3でも3ゲーム取られたら取り返すことができると信じて、一球ずつ粘り強く戦えました」

「日本のエース」と胸を張って

 張本にとって2023年は苦しいシーズンだった。一方で「未来への糧」を得た日々だったのかもしれない。

「昨年はもう国内、国際大会ともずっと思うような結果が出ませんでした。戸上選手に何度も負けて、海外ではなかなか上位に行けず、苦しい時期が長かったです。それも含めて自分の経験ですし、良い経験も悪い経験もすべて自分に返ってきます。それを生かせるかどうかは、普段の自分の過ごし方次第。試合ではあまり良くない1年間でしたけど、試合以外の時間を大切に過ごすことができた1年間でもあったのかなと思います」

 五輪のシングルスは世界ランキングをもとに各国の代表が決まり、ランキングの算定は国際大会の結果が元になる。張本は間違いなく世界に対する「日本の顔」であり続けている。一方で彼は2018年から全日本のタイトルに手が届いていなかった。

「水谷隼選手が(2021年に)引退されてから『日本のエース』と言われていました。去年(の全日本で)戸上選手に負けてもエース、選考会で何度も負けてもエースと言われ続けていました。確かに世界ランキングは自分が一番高いですけど、全日本を取らなければ『エースはどうなのかな?』というぎこちない感じがありました。戸上選手に打ち勝って優勝して、正真正銘の日本男子のエースになれたかなと思います」

 もっともエースの座は富士のような「単独峰」ではない。張本の真横には同じ高さで並び立つライバルがいる。

「戸上選手とはこの先、何回もやると思います。彼との決勝で何度も戦って勝って負けて……。もちろん全部勝ちたいんですけど、本当に実力は同じくらいなので、勝つ回数を増やして、お互い世界に向けて高めあえたらいいのかなと思います」

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著者プロフィール

1976年に神奈川県で出生し、育ちは埼玉。現在は東京都北区に在住する。早稲田大在学中にテレビ局のリサーチャーとしてスポーツ報道の現場に足を踏み入れ、世界中のスポーツと接する機会を得た。卒業後は損害保険会社、調査会社などの勤務を経て、2010年からライター活動を開始。取材対象はバスケットボールやサッカー、野球、ラグビー、ハンドボールと幅広い。2021年1月『B.LEAGUE誕生 日本スポーツビジネス秘史』を上梓。

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