選手権0勝も、多くのJリーガーを輩出 興國・内野智章前監督が目指した指導法とは?

栗原正夫
 冬の全国高校サッカー選手権に出場したのは、19年度の1度のみ。その1度も、初戦で敗れている。それでも、日本代表FW古橋亨梧(セルティック)をはじめ、近年多くのプロサッカー選手を輩出するなど高校サッカー界で大きな話題を集めてきた大阪・興國高――。

 かつて選手として選手権の舞台に立った内野智章氏(現GM、44歳)が06年に監督に就任した当時、部員わずか12人だった弱小チームは13年以降、毎年のようにJリーガーを送り出すまでになった。

 勝つことよりも選手を育てることにフォーカスしながらチームを指揮してきた内野氏は、メディアでも積極的に自らの考えを発信してきたが、その指導法とはどんなものだったのか。2023年6月で監督を退任した内野氏に話を聞いた。

徹底的に技術にこだわって選手を育てる

選手権0勝も多くのJリーガーを輩出してきた興國高の前監督、内野智章氏 【栗原正夫】

 06年、内野氏が監督に就任した直前の選手権を制したのは、元日本代表MF乾貴士(清水エスパルス)らを擁し、高いテクニックとコンビネーションを織り交ぜた華麗な攻撃サッカーで“セクシーフットボール”と旋風を巻き起こした滋賀県の野洲高校だった。「自分も他がやっていないようなサッカーで、結果を出したい」。そうは思ったものの、興國高サッカー部の部員は12人で、そのうち7人は未経験者だった。加えて大阪は全国屈指の高校サッカー激戦区で、東海大仰星、履正社、阪南大高、近畿大付など強豪校が多く、いい選手を集めようと思っても簡単にはいかなかった。

「いいサッカーで結果を出したいと思っても、選手が集まらないことには難しいじゃないですか。学校経営の視点に立てば、サッカー部を元気にするためにある程度の部員は確保したいのに、最初は声をかけても誰も来てくれず、どうすれば選手を集められるかと考えたときに他の高校と違う何かが必要だと思ったんです。そこで当時の大阪にはボールを大事にして攻める学校が少なく、ボールを大事にした攻撃サッカーで、目先の勝利ではなく“徹底的に技術にこだわって選手を育てる”ことに行き着いた感じです」

 大阪は強豪校が多く、なりふり構わず勝利を目指して選手権に1度や2度出られたとしても、それで継続的に選手を集めることは難しい。

「強豪校が多ければ、(大阪で)常に勝ち続けることは無理。それに関西にはガンバ大阪、セレッソ大阪、ヴィッセル神戸、京都サンガとJクラブユースも多く選手を集めるのは簡単ではない。だから最初は、そこに漏れた小さくてうまい、速い子を中心に声をかけまくっていました」

猛練習とは無縁のユニークな練習メニュー

 大阪市天王寺区にある興國高は元々サッカーとの縁が深く、セレッソ大阪の下部組織に通う生徒が多かった。だが内野氏が監督に就任し、13年に最初のJリーガーが誕生すると、以降サッカー部からも30人以上の選手を輩出してきた。

 内野氏が育成にこだわったのは、自身の憧れだった元オランダ代表の英雄で、アヤックスやバルセロナで活躍したヨハン・クライフの影響が大きいと話す。

「選手としても好きでしたが、指導者としてのクライフについても独学で学びました。08年から12年にかけては、そのクライフの流れを受けたペップ・グアルディオラ(現マンチェスター・シティ監督)がバルセロナの監督として、アカデミー育ちの選手を多くスタメンに起用し、欧州サッカーを席巻しました。しかも、そのアカデミーから上がってきた選手たちは、アルゼンチン代表のスーパースターのリオネル・メッシを除けば、特別な身体能力があるわけではない、体型的にも比較的に日本人に近い選手でした。そんなことにも影響されて、自分も世界に通用する技術力の高い選手を輩出できればという思いがありました」

 練習はユニークで、代表的な練習の1つがボールを使いながら脳に刺激を与えることを目的にした「ボールコーディネーション」だ。大きさや重さが異なるボールで練習することで、脳に異なる刺激が伝わり、技術習得のスピードが上がるというのだ。

「学生時代にスポーツと脳について勉強したことがあって、反復練習が一番成長を止めることは理解していました。そこで、どうやって脳に刺激を与えるかを考えて、練習メニューによってボールの大きさを変えていました。ただ、完全なオリジナルではなく、似たようなことは他校でもやっていると思います」

 また、高校サッカーの強豪校といえば、1年を通して厳しい練習を行なっているイメージがあるが、週に1度は完全オフ。いわゆる走り込みなどのランニングのメニューは一切なかったというから驚く。

「基本、週に2、3日はボールを使わず、ミーティングや体操のみという日があるなど、積極的に休養を取り入れていました。たとえば、バルセロナの下部組織も試合日を入れても週4日もしくは5日の稼働と聞きましたし、野球の大谷翔平選手(ロサンゼルス・ドジャース)が睡眠を8、9時間しっかりとっていると言っているように、若い時期に体を酷使し過ぎるとケガが増え、背も伸びないですから。日本のスポーツ界はどうしても軍隊教育の名残が強いですが、ピッチ内外のメリハリは大事で、休むことが成長につながるという感覚が少し欠けているように感じます。

 ランニングについては、約300人の選手(生徒)がいたので僕が見ていたトップチームに関しては素走りはゼロでした。それでも、21年度の卒業生で昨年のU-20W杯に日本代表として出場した永長鷹虎(川崎Fからザスパクサツ群馬へ育成型期限付き移籍中)は、プロにいっても持久力がチームトップだったことがあったみたいですからね」

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著者プロフィール

1974年生まれ。大学卒業後、映像、ITメディアでスポーツにかかわり、フリーランスに。サッカーほか、国内外問わずスポーツ関連のインタビューやレポート記事を週刊誌、スポーツ誌、WEBなどに寄稿。サッカーW杯は98年から、欧州選手権は2000年から、夏季五輪は04年から、すべて現地観戦、取材。これまでに約60カ国を取材で訪問している

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