現地発! プレミア日本人の週刊リポート(毎週水曜更新)

「VARの監視」で急落するレフェリーの権威 正確さを求めて機械が主役となる判定の是非

森昌利

イングランドでVARに関する議論が巻き起こったのは、9月30日のトットナム対リバプールでのオフサイド判定を巡る対応が大きなきっかけだった 【写真:ロイター/アフロ】

 今季、プレミアリーグではVARの是非をめぐる論争が激しさを増している。そのきっかけとなったのが、9月30日(現地時間、以下同)のトットナム対リバプール。さらに11月6日、同じトットナムのホームゲームでも、ビデオ判定にかかわる問題が持ち上がった。導入から5年。VARの意義と活用法について、いま一度考える必要があるのではないか。

アカデミックのプレミアリーグ

 先週土曜日の11月25日、日本人選手が所属する3チームがアウェーで戦った。

 日本代表から途中離脱したブライトンの三笘薫はコンディションが戻らず、ノッティンガム・フォレスト戦を欠場した。一方、現時点でのクオリティでは欧州のリーグ戦としてスペインのクラシコを超える、つまり世界一の試合と言ってもいいマンチェスター・シティとリバプールの一戦に遠藤航が後半40分から出場。1-1の緊迫した状況で、アディショナルタイムの9分を含めた14分間プレーし、トレブル(3冠)・マンチェスター・Cとのアウェー戦で価値ある勝ち点「1」を奪った瞬間をピッチ上で味わった。

 そしてアーセナルの冨安健洋は、右サイドバックで先発フル出場。難敵ブレントフォードとのアウェー戦で後半44分にカイ・ハフェルツが闘魂のヘディングでもぎ取った虎の子の1点を守った、しびれるような1-0勝利に貢献。マンチェスター・Cとリバプールがドローで足踏みしたことで、第13節を終えてアーセナルがリーグ首位に立った。

 しかし今週のお題は『VAR』である。

 プレミアリーグでプレーする日本人選手の週刊リポートでありながら、ユルゲン・クロップ監督が前日会見で「世界中のどんな場所にいても必ず見る試合」と銘打ち、しかも遠藤が出場したマンチェスター・Cとリバプールの激突について書けないのは、この日が我が家にとって特別な日となり、取材を休んだからだ。私事で申し訳ないが、この日、筆者は長男の修士号授与式に出席していた。

 長男がケンブリッジ大学でイタリア語を学び、中世ラテン文学を研究したことは、筆者にとって“ネタ”である。特に筆者がビートルズや1970年代の英パンクロックに夢中になっていたティーンエイジャーだった頃を知る古い友人たちにとっては、まさしく僥倖(ぎょうこう)であり、「あの森の息子が?」と耳を疑う話なのだ。

 しかし本当だから面白い。大学に行くどころか高校を卒業するのに4年かかった落ちこぼれの息子が世界最高峰の大学を卒業し、修士号までもらった。

 学生としては劣等生も甚だしかった筆者が息子に勉強を強要したことはない。家庭教師をつけたこともないし、塾に通おうにも英国にはそもそも塾がない。しかも息子が日本の受験生のように一日中勉強をしているということもなかった。

 確かに子供の頃から成績は良く、妻が労働者階級の一族の中で唯一の大卒者であり、教育の重要性を享受する人間なので、母親の自由で楽しかった大学時代の思い出を聞いて育った息子の中で、大学に行きたいという気持ちが自然に芽生えたということはある。

 不思議だったのは、ケンブリッジ大学に入学する際に「面接が重要」と聞かされたことだ。実際に入学できるのは、全国から集まったトップクラスの成績優秀者の15%程度だという。それが面接で決まるのだ。

 不公平なのではないかと思った。面接する教授に気に入られなければ入学できないのである。それで若者の一生が決まるような決断が下されていいものなのかと疑問に思った。

 しかし実際に息子がケンブリッジに入学して、ああ、そういうことかと納得した。とにかく勉強の質と量が尋常ではないのだ。

 2年生の夏休みに帰郷した時、息子が30冊ほどラテン語の原書を持ち帰った。重くて大変だったと言うから、なんでそんな分厚くて重い原書を何十冊も持ってきたんだと聞くと、19歳になって半年が過ぎようとしていた彼は、少々うんざりとした表情で「夏休みの間に全部読まなくちゃならないんだ」と言った。

 その時、一冊手に取ってみたが、その一冊を読むだけでひと夏が終わってしまうような難解さが伝わってきた。

 そこで勉強はどんな感じだと聞くと、「とにかく難しさとの出会いの連続」と言った。もうこれ以上難しいことはないだろうと思っても、さらにその上を行く困難が次々に現れる。際限のない底なし沼のような深層なる学問の世界。高校時代に常に上位3%の成績だった若者たちが、試験中に嗚咽するという。どんなに勉強しても常に難解さのハードルが上げられ、その難しさにすすり泣くというのだ。

 この話を聞いてなるほどと思った。面接で教授連が見極めるのは、そんなハードで容赦がない勉学に耐えられる子どもかどうかということだったのだ。

 子どもが多い時代の日本の受験戦争を知る筆者としては、英国の受験勉強は“ゆるい”と思ったが、そこは単なる地獄の一丁目。入ってからが凄まじく大変だった。

 息子の大学はアカデミックのプレミアリーグなのだと思った。世界の3指に入るケンブリッジの教授たちは、その学問の道で世界的な知名度を持つ権威者ばかりだという。1209年に創立された大学の修士号授与はラテン語で行われ、女性学長をはじめ、式を司った教授たちの存在感は圧倒的であり、彼らに対する敬意が自然に湧き出た。

 無論、この神秘さえ漂う厳かな授与式の最中、参観者の携帯のスイッチは切られ、5Gが800年の伝統に入り込む余地はなかった。

VARの使用過多問題が噴出

11月6日のトットナム対チェルシーではVAR使用が繰り返された。5週間前のリバプール戦でビデオ判定の恩恵に浴したトットナムは、逆にこの試合では2人の退場者を出して…… 【写真:ロイター/アフロ】

 さて、VARの話だ。

 2018年のロシアW杯での成功を経て、2019-20シーズンから『ビデオ・アシスタント・レフェリー』が採用されたプレミアリーグだが、導入から5シーズン目となった今季、突如として大問題に発展している。

 契機となったのはトットナム・ホームの2試合。9月30日に行われたリバプール戦と11月6日のチェルシー戦である。

 両試合とも2名の退場者が出た。最初はリバプール、そしてチェルシー戦ではトットナムが9人での戦いを強いられた。

 まずはリバプール戦。1人目の退場者となったカーティス・ジョーンズがVARの末、イエローカードからレッドカードに変更されるという判定もあったが、大問題となったのは前半34分、ルイス・ディアスのゴールがオフサイドというレフェリーの判定どおりに取り消されたことだった。

 実はこれが明らかなオンサイドの誤審。しかも後日にVARチームの会話の音声が公開されて、さらに問題が深刻化した。そこにはオフサイドが誤審だと気がついたリプレーオペレイターが「試合を止めろ」と何度も進言したが、VAR担当レフェリーが「もう再開してしまっている。止めようがない」と言って、誤審を加護したやり取りが残っていた。この音声公開後、クロップ監督は「再試合が妥当ではないか」と発言した。

 リバプールが「完全に試合の勝敗を左右された」と非難するのが当然の誤審だった。

 ソン・フンミンの先制点の前に決まったゴールで、オフサイドが覆されていれば10人のリバプールが1点をリードする展開になっていた。このゴールが認定されていたら、1-2で負けた試合にいくつかの“もしも”が発生する。サポーターなら最悪でも引き分け、負けはなかったと思うのが人情だろう。

 この試合を契機に、必要最低限の干渉が謳われていたはずのVARが過度に使用されるようになった。

 そしてその5週間後に行われたチェルシー相手のトットナム・ホーム戦で、VARが9回も使用されて試合が繰り返し中断した上に、リバプール戦の“借り”が無理やり回収されたかのように、トットナムが2人の退場者を出して1-4の負けを喫した。戦前はチェルシーの圧倒的不利が予想されたこの試合で、VARの使用過多問題が噴出した。

 原因はリバプール戦での誤審問題で、VAR導入から軽んじられるばかりだったレフェリーの権威が一旦宙に浮き、そこから急落したことだった。

 当初はごく少数の、勝敗の行方を左右する決定的な誤審を防ぐために使うという目的だったVARが、ゴールの度に当然のように、さらに当たりの強い接触プレーでも使われるようになった。

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著者プロフィール

1962年3月24日福岡県生まれ。1993年に英国人女性と結婚して英国に移住し、1998年からサッカーの取材を開始。2001年、日本代表FW西澤明訓がボルトンに移籍したことを契機にプレミアリーグの取材を始め、2023-24で23シーズン目。サッカーの母国イングランドの「フットボール」の興奮と情熱を在住歴トータル28年の現地感覚で伝える。大のビートルズ・ファンで、1960・70年代の英国ロックにも詳しい。

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