連載:高校野球2023夏の地方大会「エリア別大展望」

12年ぶりの甲子園を目指す春の東京王者・帝京 帝王学を学んだ金田監督の下、常勝軍団が復活を期す

上原伸一

春優勝の歓喜の後「夏は何倍も嬉しいぞ」

ノッカーを務める金田監督。木製バットを素手で持ち、打つ瞬間に力を逃がすようにするスタイルは恩師である前田前監督直伝だ 【上原伸一】

 帝京野球部の栄光の歴史は、帝京大卒業後すぐに監督となり、50年近くにわたって指導してきた前田前監督の歴史でもある。甲子園で積み上げた51の勝ち星も全て前田前監督が率いた時のものだ。

 そんな名将の後を引き継いだ時、金田監督にはプレッシャーしかなかったという。ただ、こう考えていたという。

「約10年コーチとして仕えてきたのに、その間、1度しか甲子園に行けなかった(11年夏)のは自分の責任ですが、なぜ勝てなかったのか、あらためて振り返ってみました。決して実力がなかったわけではありません。負ける時はほとんどが自滅でした。力を出し切れないまま、終わってしまった。ですから、まずそこを改善しようと」

 しかし就任後、初めて指揮した21年秋はベスト8。22年春からは3季連続でベスト4と、頂点まで「あと2勝」のシーズンが続いた。

 何かが足りない……どうすれば、公式戦で持っているものを出し切れるのか? 至った結論が、練習で地力をつけることだった。

「当たり前のことですが、そのためには、目の前のことに常に全力で取り組む、どんな時も目の前のことをやり切る必要があります。新チームになってすぐの昨年8月の合宿では、シューズをきちんと揃えることから始めました。まずそこからだよ、と」

 こうしてたどり着いた春の都の頂点。久しぶりの優勝(20年夏の独自大会以来)に、選手たちはマウンドで歓喜の輪を作った。金田監督は内心では「よくやってくれた」と思いながらも、試合後すぐに選手たちを集めると、こう告げた。

「(目標としているのは)ここじゃないよ。夏はこの何倍も嬉しいぞ」

 金田監督とともにチーム作りをしているのが、細田悠貴コーチと佐藤秀栄コーチだ。

 昨年、教諭(保健体育)として赴任した細田コーチは、前田前監督の母校でもある木更津総合(02年3月までは木更津中央)の出身。早川隆久投手(早大-楽天)の1学年後輩で、山下輝投手(法大-ヤクルト)とは同学年である。高校時代は16年春、夏と17年夏の3回、レフトのレギュラーで甲子園に出場。日体大でも2年秋からリーグ戦に出ていた。

「コーチとして心がけているのは、細かいことは金田監督の口から言わせないようにすることです。その前に察知して、選手に伝えるようにしています。金田監督が本来の仕事に集中できるようにするのがコーチの役目だと思っています」と細田コーチは話す。

 今年から指導陣に加わった佐藤コーチの球歴も華やかだ。帝京の選手として3年夏(09年)に主将兼4番(右翼手)で甲子園に出場し、ベスト8に進出した。同期で捕手だったのが、現・阪神の原口文仁。1学年後輩には山﨑康晃が、2学年後輩には松本剛がいた。高校卒業後は東洋大、社会人のTDKでプレー。都市対抗には3度出場している。

 TDKではコーチも経験した佐藤コーチは「後輩たち」に対して、こんな思いを持っている。

「周りは(あの帝京が)10年以上甲子園に出ていない、という目で見ているかもしれませんが、選手が過度にそれを受け止める必要はありません。いまの選手がしなければならないのは、目の前の試合に集中することですから」

伝統と歴史を象徴するユニホームを着て戦う

代名詞である縦縞のユニホームは50年近く変わっていない。帽子もそうで、あらかじめ刺繍された「T」を縫い付ける方法は今では全国的にも珍しい 【上原伸一】

 金田監督は約9年半のコーチ時代、前田前監督から数え切れないほどたくさんのことを学んだという。例えばノックもそうだ。金田監督は腰を落として、素手で打つが、これも名将直伝。ノックバットも同じ木製で、モデルも一緒だ。一見、かなり力を入れて打っている感じだが、手袋をしていないのに手の平にはマメが1つもない。

「打つ時に力を逃がすようにしています。これも前田監督から教わりました」

 ノックのリズムとテンポ、そしてスピードを大事にすることも継承している。帝京のシートノックは、ノッカーの打球音、野手の捕球音、そこからの素早い送球動作が1セットで、それが流れるように繰り返される。

「前田監督はこの3つが守備を上達させると考えているんです。コーチになったばかりの頃はよく『ノックのテンポが悪い』と指摘されていました(苦笑)」

 金田監督は前田前監督の「厳しさ」も引き継いでいきたいという。

「選手だった時も、コーチだった時も、前田監督は厳しい人でした。決して妥協しない厳しさがありました。あの厳しさがあったから、数多くのプロ選手も生んだのだと思います。もしかしたら、いまの時代にはそぐわないところもあるかもしれませんが、厳しさを乗り越えなければ、技術の向上はもちろん、人としての成長もないと思います」

 OBのとんねるず・石橋貴明さんがよく用いていることもあってか、「帝京魂」という言葉が浸透している。金田監督もたびたび「帝京魂とは?」と質問されるそうだが、そのたびに答えに困るようだ。

「これが、とは言い切れないので。人によっても捉え方が違うでしょうし、(答えは)1つではないと思います」

 その1つに伝統と歴史が入るとしたら、それを象徴しているのが、ユニホームだろうか。75年春の関東大会以来、デザインはもちろん、帽子も、ストッキングも変わっていない。

 特筆すべきは帽子で、いまも75年春当時と同じ「八方」の半メッシュで、ツバもクラシカルな形状のままだ。また、帽子のマークは直に刺しゅうされておらず、あらかじめ刺しゅうされたものを縫い付けている。東京ではもちろん、全国でも極めて稀だろう。

 ストッキングは、ハイカットが流行った時代も、ローカットが主流になってからも、レギュラーカットを貫いている。

 もっとも、現在のユニホームになった当時は、「高校生にしては華美」「高校野球らしくない」といった意見もあったようだ。それでも、実績を積み上げるにつれてそういう声は聞こえなくなり、やがて強さの象徴になっていった。

 伝統と歴史を継承していった、代々の先輩が身に付けたものと変わらぬもので戦う。そこに帝京のプライドもある。金田監督は節目節目に「伝統と歴史を継承している、代々の先輩が身に付けたものと変わらないユニホームで戦うプライドを持て」と、選手たちに話をするという。

 第1シードで迎える今夏。「常勝軍団」にとってはふさわしいポジションだ。東東京の全学校の標的になってこそ帝京である。13回目の夏の甲子園出場、そして、3度目の夏の全国制覇に挑む準備は整った。

(企画・編集/YOJI-GEN)

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著者プロフィール

1962年、東京生まれ。外資系スポーツメーカーなどを経て、2001年からフリーランスのライターになる。野球では、アマチュア野球のカテゴリーを幅広く取材。現在はベースボール・マガジン社の『週刊ベースボール』、『大学野球』、『高校野球マガジン』などの専門誌の他、Webメディアでは朝日新聞『4years.』、『NumberWeb』、『ヤフーニュース個人』などに寄稿している。

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